僕達は生きているのか。どう生きるのかと問われるよりも、そもそも生きているのか。案外、そうではないのかもしれない。
こういうことはあまり深く考えないほうが良いと僕はよく知っているが、台風の日に水路の様子を見に行かなくては居られない農家のおじいさんのように僕は注意深く考えることが好きだ。行かなくてはいけないし、行きたくてしょうがなくなる。
時々ニュースになって死んでしまうけれど、それは、割にたくさんいるおじいさん達のうちの幾人かだ。台風の直撃は、そのおじいさん個人にとっては、そんなに頻繁なことではないし、生きていることを深刻に考えるのも同程度の頻度だ。だから実際それほど死なない。自分は大丈夫だと思っている。それは油断でもあるが鼓舞だ。
深刻に考えたいわけではないが、深刻に考えることを避けたくない。そうしないと得られないことがある。得られるものが、どうということのない日常だということも知ってる。ちょっとだけ、それまでとは違う日常。
自分のブログのレコメンド記事でラーメンズの「銀河鉄道の夜のような夜」が出てきて、そういうことを思い出した。
グレゴリオ暦の1月1日から、旧正月までの間は、毎回、長期的なことを考えることにしている。たとえば10年とか。10年続けるつもりなら何を始めるのが良いだろうとかをわざわざ意識的に考えるのは、僕は長期的な視野を持ちにくいタイプだからだ。10年経ったら65歳になるのだ、僕が。
Podcastとかやりたい気分。とりあえず10年ぐらい。毎週更新で500回分。「雑談係」で収録やら音声編集やらをやれたのは昨年の大きな成果で、本当にやってよかった。
1月3日に収録した雑談係#07がもうすぐ完成するよ。