July 28, 2019

【587】遊ぶこと。


遊びについて考えている。
まるネコ堂第二期は遊ぶことをメインに据えたい。

まずは基礎的なリサーチからというわけで、本を読むことにする。

遊びに関する古典はこの2冊。
・ホイジンガ『ホモ・ルーデンス
・ロジェ・カイヨワ『遊びと人間』



それに加えて、比較的新しい「遊び」論は、テレビゲーム関連で読む。
・ミゲル・シカール『プレイ・マターズ』
・イェスパー・ユール『ハーフリアル』
・『ゲンロン8』特集 ゲームの時代



ゲームは子供の頃から好きだったけれど、ゲームの何が面白かったのかというのは、そういえばあまり考えたことがなかった。ゲーム界隈の理論化は比較的新しい分野で、先日イェスパー・ユール『ハーフリアル』が面白かったので、ちょっと読み込んでみたいと思って調べてみた。本当はケイティ・サレンとエリック・ジマーマンの『ルールズ・オブ・プレイ』が読みたかったのだけど、すでに絶版で中古価格が高騰しているので手が届かず。京都府立図書館にもなかった。『ゲンロン8』のゲーム特集はゲームの歴史や流れをざっと抑えておきたかったので、年表目当てで。

『ハーフリアル』を以前読んだときの感想はこちら。この本、意外にと言うと失礼かもしれないけど、ゲームだけじゃなくてもっと広く普遍化できるような面白さがある。面白さというものの土台を考えるようなところがいい。

ゲームのことを考えていたら久しぶりにゲームをやりたくなったので「マインクラフト」を購入して夜な夜なプレイ中。結構楽しい。

こんな感じで気になっていることに関する本を体系的に読むのがとても好きな読み方で、いくらでも時間が欲しくなる。これ自体がもう遊びなんだろう。

July 24, 2019

【586】8月から保育園。

新(あらた)の保育園入園が決まった。8月1日から。

最近はほんとに元気いっぱいで、うちにいると元気が余ってしまう。僕と澪の仕事も進まない。三人ともにストレスがかかっている。これはまずい。ということで、先日申込みをしたら、無事、近所の保育園に。

この保育園は良い保育園で、腕のいい保育士がそろっている。庭に築山があって、定期的に砂を入れて作り直されている。木で組んだアスレチックのようなものもあり、その横にはジャングルジムが斜めに設置してある。ジャングルジムを斜めに設置してあるのはここしか見たことがない。子どもたちはそこで一日中登ったり走ったり泥遊びをしたりしている。夏はプールにほぼ毎日入っている。散歩もほぼ毎日出かける。それもかなり遠くまで出かける。

たぶん、新も元気いっぱい遊んでくれるはず。

昨年、澪の妊娠と出産、二人での子育てで、大幅に落ち込んだまるネコ堂の売上をなんとか回復させよう。

July 17, 2019

【585】まるネコ堂第二期の構想。

考えています。第二期。

20年ちょっとの第一期を振り返ってみれば、生き残ることに主眼があったような気がします。とにかく、どうにかして、生き残るためにまるネコ堂は必要だった。避難所のような場所として機能してきたのだと思います。だからこんな殺風景な場所になっている。サバイブするためにはこうなった。

【581】まるネコ堂第一期を完了とする。

これからは違う方向で第二の航海に出ます。

一つは創作をちゃんとやりたい。錨を上げて外洋に出る。きっとすぐに沈むだろうけど、沈んでもサルベージして直せばいい。そのぐらいのタフさは身につけることができた。

サバイブからサルベージへ。

たとえばそんなことを構想しています。

もう少しまとまったら、なにかやります。

July 15, 2019

【584】第3回山本明日香レクチャーコンサート「シューベルト」



今日のレクチャーコンサートは、第3回目でシューベルト。レクチャーコンサートは毎回僕にとって、ちょっと不思議な事が起こるのだけど、今回も二つほど起こる。

一つ目、「これは、いよいよ僕にも楽譜が読めるようになるかもしれない」。

僕は楽器は全く演奏できないし、歌もだめ。もちろん楽譜も読めない。それなのに、明日香の演奏に合わせて、演奏されている箇所を目で追うことができた。前回のベートーヴェンのときも少し「あ、今このへんかな」と言うレベルではわかってはいたのだけど、今回はほぼ全部、それも音符単位の解像度で追いかけることができた。その上、不協和音のときにちょっと変な感じの音符の並びになることとか、斜面を駆け上がるように配置された音符がその直後、壁っぽく縦に並んだ和音にぶつかるときに、壁に激突したっぽい音がなることとか、そういうことが聴くのと読むのとの混合でわかるようになってきた。

相変わらず、五線譜の何番目の線に丸があるときに、この音がでるといった読み方はできないけれど、譜面全体の流れは追えて、一度ロストしても、もう一度戻って来れるという安心感を持って楽譜を見ていられるようになった。これはとても大きいことだと自分では思う。

これを続けていたら本当に楽譜を読めるようになるかもしれない。楽器が演奏できないのに楽譜が読めるようになるなんて、果たしてそんな不思議なことが起こるのだろうかと明日香にきいてみたらあっさり「指揮者とか、そうだよ」。なるほど、音楽って広い。そういえば指揮者って、どんな「練習」をするんだろう。

二つ目の不思議なことは、ちょっと説明が難しいのだけれど、「音楽は音を聴いているというだけではないことが起こる」。

音楽って音を聞いてその、外的な刺激としての音によって、心とか情緒とかが受動的に反応しているというふうに思っていたのですが、どうやらそういうことではないこと「も」起こっている。

明日香はよく「ここからピアニッシモの世界に入ります」とか「シューベルトの世界観はこうではない」とか、「世界」を語るのだけれど、こういう「世界」は、音楽を聴いている人に生じている聴覚的な反応に対するある種の比喩だと思っていた。でも、そういうことではなく、音はその時、どちらかというと、入り口やガイドとしてあって、それに導かれて、僕がそこへ自主的に入っていくことができるような「世界」が出現することがある。

その世界に入ってしまうと、音は感覚的に聴くというものではなくて、音によって出現した(構築された)「世界」での様々な出来事を、聴覚以外を含んで、自主的に体験することになる。これは僕にとっては、文章を読んでいるときに、とても似ているのだけれど、こういうふうに音楽を聴いたことが僕はこれまでなかった。

楽しい曲を聴くと楽しくなる、悲しい曲を聴くと悲しくなるという反射的なレベルではなくて、その曲を聴くとその曲の世界に存在して、アレコレいろんな出来事が起こる、という音楽。

なるほどこういうことが、音楽が多くの人を魅了する理由なのかもしれない。少なくとも音楽に人生をかけてしまうような人が現れる理由なのだと思う。ようやく僕はそこに触れた気がする。

三回目はこの辺まで。次回は一体なにが起こるんだろう。

次回は11月24日。
https://marunekodoblog.blogspot.com/2018/11/1.html

July 12, 2019

【583】ブログテンプレート変えました。

定期的にこういうことをやりたくなるのですが(一種の放浪癖だと思います)、テンプレート変更しました。ブログの見た目が変わったと思います。見た目だけです。

「Write Simple」というテンプレートを採用しました。
ダウンロードはこちらから

少しだけhtmlを変更しています。メニューなど。

いくつか問題があるにはありますが、これでしばらくやってみます。
不都合があればもとに戻すかもしれません。

トップページに画像のサムネイルが入らなくなりましたが、記事画面では画像ありです。

変更するたびにそっけなくなっていく気がします。

July 11, 2019

【582】Youtubeで音読チャンネルはじめました。



ハイ! はじまりました「FUN to READ!」
わたくし、音読ユーチューバーのコバヤシです。
音読、楽しんでる?

「FUN to READ!」は、
音読によって「読む楽しさ」を表現するYouTubeチャンネルです。
著作権が切れた作品や作者の許可を得た作品を楽しく音読しています。

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といった軽いノリのYouTubeチャンネルの構成を担当しています。週一ぐらいで動画アップしています。深夜ラジオ好きだったので、構成台本書くの楽しいです。
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最後まで聴いてくれてありがとう!
よかったらチャンネル登録、高評価、よろしくおねがいします。
読んでほしいブックがあったら、コメント欄にリクエストお願いします。

じゃね、バーイ!

July 8, 2019

【581】まるネコ堂第一期を完了とする。

20年とちょっと。まるネコ堂という名前をつけてからやってきた。名付けたときには今の物理的な場所であり、自宅でもあるこの家も土地も僕のものではなく、他人のものだった。僕のものになる予定もなかった。まるネコ堂という名前は、ただ、僕が個人でやっている活動の主体という程度のものだった。

「まる」というのは実家で飼っていた猫の名前で、まるネコ堂を名付けたときにはすでに死んでいた。だから、まるネコ堂という名前の「まる」と「ネコ」は僕の過去からの拝借に過ぎない。この名前にまつわるその時点での未来は、だから、ただ「堂」という一文字にだけ込められている。

当時は、住職のいなくなった廃寺のお堂のようなところをイメージしていて、たまたま近くを通りかかった旅人が雨宿りにやってくるようなところを作ろうと思っていた。屋根のある空き地ぐらいの意味だ。それが未来のイメージで、この時点では、空き地も屋根もなく、ただ僕の幻想にのみ存在していた場所だ。

そのころの僕は大学院を中退し、特にあてもなく実家に戻って、未来のビジョンもなく、開放的な寂しさだけを抱えていた。雨宿りできる場所があればそれでいいと、ただ思っていたのだと思う。

それが、いつだったかもう忘れてしまったけれど、個人事業の屋号になり、やがて、自宅を兼ねた物理的空間の名前にもなって、今にいたる。

まるネコ堂への最初の発注者は父親だった。彼の個人のウェブサイトを作った。正確には、まず発注と仕事があり、その受注主体として「まるネコ堂」を作ったという順番だ。こう書くと事業っぽく見えるが、実態は、失意にまみれた息子に、彼の自尊心を傷つけない方法で、父がお小遣いをくれようとしたのだろう。たしか毎月1万円で請け負って、今で言うブログのようなページ更新を僕が人力でやっていた。その父親はもういない。

約20年かかったけれど、まぁ、当初の「堂」の幻想は現実になった。屋根のある空き地ぐらいにはなった、と思う。

よって、特に区切りっぽい区切りでもないけれど、第一期をここに終了する。

第二期はこれから考えていくことにする。第二期というものの存在そのものも含めて。

まずは再び幻想の世界へ船を出す。現実の世界とは、しばしお別れ。