話したり聞いたり、つまり会話というものに、本来の姿とか、正しい話し方や聞き方とかがあるわけではない。いつも幾分かの間違いが入り込んでいる。言い間違い、聞き間違い。そもそも話す方も聞く方も、勘違いや思い込みがある。そういう不純物が混じり込んでいるのが会話だと思う。
ちょっと違う言い方をしてみると、話す方も聞く方も、伝達経路にも、ある程度の間違いが含まれているのが、正しい会話だと思う。正しさの中にもともと間違いが含まれているというのは、僕が自分で発見したものの中でも、かなり高いレベルのワクワクで、だから会話は驚いたりして面白い。
雑談を録音して編集していると、僕もそこに参加していた当事者のはずなのに、一体全体、なんでこういう話になっているんだろうこの人たちは、とワクワクする。たぶん、その迷走とワクワクは、「間違ってる成分」の混入度合いによる。それがいい具合になっていると面白い。
雑談は、のっぺりとした均質なものではなく、澄み切ったクリアなものでももちろんなく、粗挽きソーセージみたいに、つぶつぶ状に「間違ってる成分」がある。