何人かの人には直接言われたことがあるので、疑う理由もないが、僕のブログを読んでから、その後で直接僕に会った人はだいたい「もっと年寄りだと思っていた」という感想を持つ。
書いている方は特段年寄りっぽく書いているわけではないけれど、そのように読めるのだからそうなのだろう。こういうことに対して特に悲しいとかショックだとか納得がいかないとか、そういったことは思ってはいないけれど、少し分析してみると面白いことがわかるかもしれない。
一つある...
May 23, 2019
May 17, 2019
【569】誰かわからないけれど、その人のおかげで。
ブログの閲覧解析を見ていると、あまり見覚えのないタイトルのエントリーが閲覧されていて、自分でもそんなの書いたっけな? と思ってそのエントリーを見てみた。
【039】思いつきではなく、ずっと昔からそこにあった
素敵な文章でほとんど感動してしまった。自分で書いたのに。
つい最近も同じようなことを考えてた。たぶん、ずっと同じようなことを考えている。
どなたかわからないけれど、ひょっとするとスパムとか悪意のあるロボット(?)か...
May 16, 2019
【568】「やわらかく、甘みがあって、わかりやすい」言葉の奴隷。
文章を読んでそれが良い文章だった場合に褒め言葉として「わかりやすい」というのをよくきく。僕はわりと長くこの言葉を文字通りの意味にとっていた。僕にとって「わかりやすい」文章は直ちに優れた文章を意味しないので、優れているかどうかはともかくとして「理解しやすい」「イメージしやすい」という意味だと思っていた。
しかし、どうやらそういうことではなさそうだと思い当たるようになってくる。というのも、この「わかりやすい」という褒め言葉をものすごく多...
【567】旅にはスマートフォンを。
先週の土曜日から四日間、秋田へ行っていた。おばあちゃんの葬儀に出るため。秋田のというか「能代のおばあちゃん」についてはそのうち何かを書くかもしれないが、今日は脱スマートフォン計画。
移動中の連絡手段や情報入手手段としてスマートフォンは非常に役に立った。自宅に残る澪とのやりとり、天気の確認、地図など。当たり前すぎるけれど、こういうときにこそスマートフォンは真価を発揮する。とはいえ、なければないで、まあなんとかなっただろうけれど。今の日...
May 9, 2019
【566】据え置き型スマートフォン。
脱スマートフォン計画、まずやってみているのは、スマートフォンを据え置きにすることだ。何を言っているのかわからないと思う。
スマートフォンを一階の本棚に置きっぱなしにして、そこに置いたまま使うようにしている。例えば、キッチンタイマーとして、例えば家計簿の入力機器として、例えばカレンダーの確認に、例えばmessengerのやり取りに。棚に置いたままでやっている。
要するにスマートフォンからモバイル性を奪うということをしている。これでもう、ほとんど息の根は止まっている。同じ部屋にある、こちらも据え置きになっているMacBook...
May 7, 2019
【565】脱スマートフォン計画を始める。
長い道のりになるだろう。行きつ戻りつするだろう。でもたぶん、辿り着けそうだと踏んだ。スマートフォンを使わない生活へ向かおうと思う。
単純に、もう、スマートフォンが美しくないと思うようになったからだ。それは実は、初期の頃のiPhoneのを見たときに通じていて、
「それで電話するの? まじで?」というあの醜さの感覚だと思う。
現在のスマートフォンは、たしかにもう、指を大きく広げて鷲掴みしながら耳に押し付けて電話することは、少ない。僕...