庭に椅子を出して座布団を乗せる。その上にあぐらをかいて、久しぶりに瞑想する。
瞑想と言っているけれど、これが瞑想かどうかはわからない。
目を閉じる。開けていてもいいけれど、閉じることの方が多い。
あとは気になることを気にする。子供の声が気になればそれを気にする。風が吹いて肌に当たるのが気になればそれを気にする。バイクの音が遠くで聞こえたらそれを。草の匂いがすればそれを。鼻が痒い、背中に椅子の背があたる。いちいち気にする。
心の中で気になることが浮かべばそれを気にする。
次々に気になることが出てくるから次々に気にする。
「心を無にする」みたいなことではなく、むしろ隙間が無いように埋めていく。これが瞑想なのか何なのかわからないが、他に当てはまりそうな言葉を知らない。
悪い雰囲気で色んな出来事や考え事が滞留している時に瞑想をする。
必ずしも嫌な出来事があったから悪い雰囲気になるわけではない。嬉しかったり楽しかったりすることでも悪い雰囲気になることがある。色んな出来事が複雑に絡んでいる。
滞留が必ずしも悪いわけでは無い。良い滞留もある。腐敗と発酵みたいに、複雑なプロセスのうちで、僕にとって、都合の良い雰囲気と悪い雰囲気があって、悪い時に瞑想する。
瞑想は常習しない。必要な時に必要なだけやる。毎日ルーティンでやるようなことでは無い。今よりもっと上手くやれるような工夫もしない。上手くできたり上手くできなかったりするということ自体がなくて、ただそれをし続ける。
目を開けてやることもある。気になるものが増えるのでちょっと忙しくなる。忙しいと思ったら目を閉じる。
飽きたら終わる。