November 12, 2015

【243】『おもひでぽろぽろ』

これは名作ではないか。

27歳の主人公の女性が10歳の頃を思い出しながら物語は展開する。「田舎」に憧れ、10歳の頃には存在しなかった「田舎」を自ら作り出していく。

前半は、10歳の自分の記憶は単に感傷的な思い出にすぎない。それが変質するのは、本家で嫁に来ないかとおばあさんに言われたところからで、ここから現実が揺らぎ始める。一旦崩壊を始めた現実は急速に崩れだし、その裂け目から「思い出したくない過去」として封印していた記憶が突如「アベくん」として出現する。その瞬間、現実はその確実性を完全に消失している。

それ以降、もはや、思い出としての「子供の頃の記憶」は遠く隔たったものではなく、現在に直接接続され、27歳と10歳は同一人物として同時に歩き出す。10歳は歩かなかったはずの「その後」を踏み出す。

この感覚を観る者に引き起こされるために、作画と発声はかなり厳密に描かれる必要があったはずだ。ふとしたときに現れる仕草、姿勢、ため息などで、高畑勲はこの少女がこの女性になったのだ、と自然に思わせることに成功している。観る者に意識できるかどうかぎりぎりの表現で、二人の重ねあわせを実現している。だからこそ、27歳と10歳は接続されうる。

僕たちは常に過去から切り離されている。思い出として、過去の出来事として、それを遠くに、もう戻ることができない、ただ脳裏に写しだされた景色として眺めてしまいがちだ。時間が離れれば離れるほど、その隙間に悲しさが埋め込まれていく。しかしふとした瞬間、過去は、まるで今がその時であるかのように思えることがある。





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