「飽きる」ためには少なくともそれ以前の一時期に「熱中している」というような時期があるはずだ。熱中しているときは自分が飽きるとは思っていない。そういうことが入り込む余地がないような状態を言うのだと思う。
でもどうなんだろう。ネットサービスなど特にそうなのだけれど、最初からどこかもう「飽きている」ような感じがする。熱中するということ自体の水位が最初から低く、予め飽きて去る準備をしている。
何かが飽和している。何もかもかもしれない。
飽和した世界において経験できることは人間の一生を超えてしまっている。どんな本好きであっても、すべての本を読むことはもうできない。重要だとされる古典を網羅することだって大変だ。
一つのことに長い時間をかけるということだけでもう、時代に逆行していると取られる。時代の流れに乗ることを欲したとしたら何も困らない。そこら中に溢れている。何もかもが似たようなもので飽和している。スクロールさせれば次々に出てくる。
だからこそ、あるいは、しかしながら。
僕は、一つのことにじっくりやってみると良いと思う。今となってはなかなか味わえない時間や空間の雰囲気を味わうことができる。長い時間で生きることができる。長い時間を生きることができる。数百年後、世界はどうなっているかなんて考えることが楽しい。自分で確かめることはできないが、最大限に考えられる。
四月からはじめて二年間続ける「エチカ」ゼミに対して、そんなことを考えている。
少しずつ申し込みが増えて、今の参加者は四人。気になっている方はぜひ。
一度はじまってしまうと終わるのは二年後の2023年です。
https://marunekodosemi.blogspot.com/2021/02/35.html
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■近々開催のまるネコ堂の催し
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●リクエスト開催:文章筋トレ
「やってみたい」というリクエストによって日程を決めていきます。
★3月16日開催
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●スピノザ『エチカ』ゼミ(全24回)
2021年4月開始
https://marunekodosemi.blogspot.com/2021/02/35.html
●吉本隆明『言語にとって美とはなにか』ゼミ(全13回)
大谷美緒主催
https://marunekodosemi.blogspot.com/2020/07/34.html
●文章面談
https://marunekodoblog.blogspot.com/p/blog-page_20.html
●雑誌『言語』(5、6、7号、在庫僅か)
https://gengoweb.jimdofree.com/