芸術祭前最後の妊婦健診があった。これで大丈夫ならほぼ芸術祭に出れるだろうし、なんかあったらダメだなと思いながら行く。
芸術祭に出れるのも気がかりだけど、そもそも入院になると家がめっちゃ大変になる。多少やっている家事もできない。最近うちは、抱っこもできないし、しんどいからそっけないのもあり人気はないのだが、それでも新も葉も気にするだろうから隆の負担が大きくなる。助けてくれると実家の家族や友人から言葉ももらってるけど、それでも家に居れるのが断然いい。
NST(あかちゃんの心拍やうちのお腹の張りをみる)にMRI(あかちゃんの断面図みたいなのをみるのかな)にと、結構時間のかかる検査を終えて最後に診察があり帰宅できた。
会計と処方箋でそれから1時間以上で、なかなかこれで時間がかかる。
MRIの結果は多分次回。久々に次の受診まで2週間あいた!
芸術祭は楽しかった。
うちがいないかもという想定を結構してもらっての開催だった。なんか自分が頑張るより掃除もしてもらったし、いい雰囲気になっていたんじゃないかと思う。
初日の朝、朝食を作るくらいまではそれなりに動いたけど、ちょっとお腹がしんどくなってきたのであとはだいたい座っていた。
久々に会った友人に顔を見るとほっとしたわとか、思ったより元気そうでよかったとか言ってもらった。
お腹の赤ちゃんのとらちゃんが、18トリソミーの可能性があること、普通に元気でないことは「妊娠してるんですか?」とか「順調ですか?」とかいう話題になるとなんとなく話した方がいい気がしてだいたい話している。
最初はマイルドに伝えようとして、赤ちゃんは元気だけど切迫早産気味と思われたり、心配あるかもしれないけどきっと大丈夫よ(普通に元気な子が生まれるよ)、みたいに返答されてなんだか伝わらんと思ってしまっていたので、だんだん結構がっつり言うようになり相手をなんだかびっくりさせたり、なんて言っていいかわからないと言われたりして、それはそれでこれでいいのかとも考えなくもないけど伝わってはいる気がする。
前は健康であることはいいことだと思っていて、いまでも不摂生とか運動不足とかはよくないと思うけど、そもそも体が弱いみたいなことはまた別次元にあって「とにかく健康であれば」みたいなことを極端には思わなくなった。
芸術祭が始まる少し前はじめて「産まれてくるのが楽しみだな」と思った。というのもそれはとらちゃんに限らず、新の時も葉の時も意識的には思わなかった。それは多分臆病だからかもしれない。
ちょっとでも元気に産まれて家で過ごせればいいな。楽しく一緒に過ごせる仕事や生活を考えて行ければな思う。
芸術祭が終わって、さすがに疲れていた。
宇治市では妊娠8か月ごろに市の助産師や保健師の人との面談をするようになった。ようちゃんの時はなかったと思う。その人たちが来てくれた。
事前アンケートで18トリソミーかもということは伝えて、そうなった時、使えるサポート制度などあるかなど聞いていたのでいろいろ教えてくれた。
産まれてからの子どもの医療費に関してはかなり安価になるようでほっとした。訪問医療でもそんなにかからないらしい。
18トリソミーかもと言われたり、もっと前の時点で羊水検査を進められた時も思ったんだけど、普通に産もうと思えたり迷ったりできることっていうのはいい国だなと思った。
あんまりゴリゴリ調べたわけでもないけど、医療は受けれるわけだし、それなりの病気があったときにはそれなりの支援もあるようだ。そうなってみれば、それでもまだまだしんどいとかはあるんだろうけど。とりあえず、現時点で無理だと思わなくてすんでいる。
芸術祭では新が私と作ったステッカーを熱心に配ってくれた。
12種類あるステッカーを紙の封筒みたいなののなかに入れて箱に入れた。くじ引きみたいな感じで一人1枚引いてもらう。
どの柄が出るかはお楽しみ。欲しい柄が出て喜んでいる人がいたりも嬉しかった。
熱心な新の姿がよかったのか、投げ銭もそれなりにいただいた。うちは新が熱心になれるようなものがちゃんと培われていたのかということにほっとした。それに関しては全く自信がなかった。