June 4, 2026
February 8, 2026
虎ちゃんが帰ってきた。
2月2日にとらちゃんが家に帰ってきた。
6月3日生まれだから約8ヶ月を目前に帰ってきた。
怒涛の日々だけど、楽しい。
2月2日がたった1週間前とは思えないほどいろいろあって、すごい人数の人がうちに来てくれた。
3日目の夜には酒盛りもしていた。一応断っておくとたいした酒量ではない。でも、誰か来てくれないとそういう気分にはならない。というか、「おいしいお酒が誰かと飲みたい」。そういう気分を持ち込んでもらった。
はじめての週末で今日は誰もこない。
来てくれるはずだった父は風邪を引いてしまったそうだ。そうでなくても思った以上に雪が降ったからやめといてと連絡したと思う。
虎ちゃんは毎日沐浴をしてるけど、私と隆と新と葉とで沐浴は難しそうだから、体を拭くだけにした。
人工呼吸器をつけての沐浴は現状2人がかりで、隆と私の手が塞がると葉を見てる人がいなくなってしまう。このメンバーでは葉が途中で人工呼吸器を勝手に触ったり、もろもろ危険。家での沐浴方法は訪問看護さんが開発してくれた。毎回のやってもらってるから、まだ自分たちだけでやったことはない。今後もほぼないような気もする。
病院では沐浴の練習もたくさんしたのでこんなにやらなくなるとは思ってもみなかった。できるけど任せるのと、できなくて任せるのは特にこの件に関しては全然違うなと思った。
生まれたばかりの頃は、病院以外で生きることができる人ではなかった。自分には虎ちゃんが生きる手伝いはできないと思った。1月には、元気そうだし、そろそろ病院で覚えることもなくなって、面会が前ほど新鮮ではなくなった。退院の時期ってそういうものなんかもしれない。帰ってきてよかった。
August 7, 2025
生後2ヶ月を過ぎた。
July 9, 2025
一ヶ月健診が終わった。
July 7, 2025
虎(とら)ちゃんが生まれた。
May 23, 2025
連休後くらいから5月下旬ごろ。
出産が近づいてきたからかなんなのかわからなけど、産まれてきてどうかるのか、どれくらい元気で生まれてくれるのか不安になったりもしていた。
このひと月ほどそんな不安はあまりなく、入院なく家で過ごせるかどうかの方が目の前にあって産後のことはあんまり気にできなかった。
家からあまり出ずで、入院かも、と気にしながらの生活は落ち着きはしない、疲労もある、なのにこれはこれでひと月も経てば安定するんだなと思う。とらちゃんが生きてくれてて、名前もついて、なんとなく一緒にいるのは楽しかったりもするから、生まれてきていなくなるかもと思うと先に進むのも緊張する。
いろんなことがあってすごい長い時間を一緒にすごしてる感じがして、妊娠期間としては結構幸せだったのではないかと思った。
2人目のようちゃんの時は、初期の出血と入院をのぞいたら順調で安産でなにも覚えてないわけじゃないけど書き残したいようなことはあまりなかった。
人生が変わらないなんてことは、どんなひとりの人間(特に自分の子となればなおさら)との関りのなかにもないのだろうと思うけれど。
診察が終わった。
来週は2回目の羊水除去。
相変わらず、頭は大きくなっており骨盤から出ない可能性もあるので前回の健診で予告されたとおり帝王切開を視野にいれつつになった。
帝王切開になる条件は今のところ大きく二つで、頭の直径が10センチを超えることと、とらちゃんの心臓が弱いので経膣分娩の方向で一旦行ったとしても耐えれそうになければ帝王切開への切り替えとのことだった。
その他、予期せぬ事態はまた当然別にあるだろうけど。
経膣分娩にしても、家で自然に陣痛を待つのは羊水過多だとリスクが大きいので入院して誘発を行うとのこと。破水したときに、いろいろ危険の可能性があるそうで、胎盤はがれちゃったりとか。
そんな感じで羊水が多すぎるまま分娩もよくないみたいで、しかも水が多いと逆子になる可能性高く、それも含めて羊水除去にはなった。
帝王切開なら37週に入る6月8日以降の早い時期に、経膣分娩でも予定日より大分早い出産になるんじゃないかな。
May 11, 2025
ちょっと久々の妊婦健診。
May 4, 2025
今年の連休の考えごと(メモのような)。
May 1, 2025
4月中頃~まるネコ堂芸術祭まで。
April 18, 2025
4月4日~4月中頃。
April 9, 2025
3月末日~4月の頭くらい。
February 27, 2025
妊娠6か月も後半。眠い。そして、ジャムとか。
December 23, 2022
【865】おむつなし育児への2つの誤解。
11月26日に生まれた葉(よう)も「おむつなし育児」を始めました。上のアラタのときもやっていて、とても良かったからです。おしっこやうんちの世話が大幅に楽になりおむつが取れる時期も早まるのですが、何より赤ん坊のおむつかぶれのおそれが減るのがとてもありがたいです。
ところで「おむつなし育児」をやっていて、実感として2つ大きな誤解というかイメージの違いがあるように思います。あくまでもうちのやり方の上でなのですが、説明します。
誤解1 必ずしもおむつをしないわけではない。
1つ目は、「おむつなし育児」という名前そのものなのですが、うちの場合、実はおむつは「しています」。これはたぶん、おむつなし育児への定番の疑問だと思うのですが、おむつなし育児は必ずしもおむつをしているかどうかが問題ではなかったりします。
どういうことかというと、例えば葉ちゃんの場合ですが、生後23日目から始めていますが、布おむつを普通につけています。
それで、それまで気持ちよく寝ていたのに、機嫌が悪くなって泣いたりします。このとき、だいたいまずは、おむつをチェックします。
ここで濡れていたら普通に取り替えます。
もし濡れていなかったら、おむつを外して抱きかかえて、おまるの上に持っていきます。するとおまるにおしっこをしてくれます。終わったらまたおむつをつけます。これだけです。
泣かなくても、ちょっと落ち着かなかったり、前のおしっこから時間が経っていたりすれば、おまるのところへ抱えていくと、だいたいしてくれます。
はじめて4日ですが、今のところおまるでできる割合は1/3から1/2程度ですが、続けていけば、この割合が上がっていって、そのうちおむつをする必要がなくなります。失敗しても着替えさせればいいやと親が思える程度に成功率が上がれば外せます。
おむつなし育児かそうでないかのポイントは「排泄をするときに」付けているおしめにするかしないかです。なので失敗したときの保険のために普段はつけていても、おむつなし育児はできます。
誤解2 赤ん坊は最初から「漏らして」はいない。
上記の説明を読んで、そんなに簡単にできるわけないと思うかもしれません。あるいは、そんなにタイミングよく「キャッチ」できるわけないと。
僕もやる前はそう思っていたのですが、今ではそれは間違ったイメージだったと思います。僕は「赤ん坊はおしっこを漏らしている」と思いこんでいました。うまく出せなくて、漏らしてしまうからおしめが必要だと。
実は、赤ん坊は最初からおしっこもうんちも「漏らしているわけではなく」、大人と同じように自発的かつ能動的に「している」と思います。
ただ、「下腹部に直接くっついてるおしめ」にしている。正確には、おしっこやうんちをそもそもどこにしているのかということに、赤ん坊自身の意識が向いていないから、どこにしようがいつしようが気にしていない、ということだと思います。
けっして壊れた蛇口から水があふれるように「漏れて」いるわけではないです。
いつ落ちてくるかわからない隕石のようなものをとっさの反射神経や第六感的なセンスで「キャッチ」しているわけではないので、実は「タイミング」というほどシビアなものではありません。ごく普通に、大人が、そろそろおしっこ溜まってきたなとか、うんこでそうだなとかいうときに、トイレまで行って、然るべき服装になって、その体勢をとって、そういうふうに力を入れて出す、というのと変わらないと思います。ただ、赤ん坊は、自分でトイレに行ったり服を脱いだり、そういう体勢をとったりできないので、それを親がやる。
排泄物がある程度溜まっている必要があるとは言っても、時間的には十分な余裕というか幅のあるもので、その幅のなかに収まっていて、赤ちゃん自身が出そうと思って力を入れれば出ます。
はじめてやるなら、おまるがあったほうがいい。
ということで、やってみると意外に簡単です。というか、たいして特別なことではないです。
僕がやってみて、一つだけコツというか、幸運だったなと思うのは、うちになぜか「おまる」がすでにあったことです。以前、そうとは知らずに、洗面器代わりに入手していたものが実はおまるでした。
これがなかったら、ひょっとしたら途中で挫折していたかもと思います。
抱きかかえてやるうちは、洗面器やバケツや風呂場や庭でなんとかなる気がしますが、子供が自分で座ってやるようになったとき、おまる以外だと高さやバランスが微妙にうまくできないかもしれません。子供にとってははじめての経験なので、最初に躓くとやめてしまう可能性があります。子供が「自分でおしっこやうんちをする自分のイメージ」を掴むためにおまるはとても良くできた形、材質、重さです。物自体にそれっぽさがあります。保育園でも同じものを使っていたのでたぶん定番なのだと思います。
ということで、「おむつなし育児」楽しいしおすすめです。
June 12, 2022
January 21, 2021
【774】「イヤイヤ期」と呼ばれるもの。人間への挑戦。自然がやってくる。
・できないことを要求しているわけではない。「できなさ」という幼さ、稚拙さに対してのイライラはない。できないことをやろうとしている姿を見るのはむしろ喜ばしいぐらいだ。問題は、できるはずのことをやらないようにしている、少なくともそう見えるということだ。手を洗うのもパンツやズボンを履くのも、もうすでにできないことではない。これまでに何度となくできているのだ。それを「やらない」。それにイライラする。できるイメージがすでに僕にあって、そのイメージが意識的に実行されないことにイライラしている。できなかった時期は僕が濡れ布巾で手を拭っていたし、パンツもズボンも履かせていた。それに対していらつくことはなかった。
・手を洗うことやパンツやズボンを履くことは、人間にとって必要なことなのだろうか。少なくとも現代人にとっては必要だ。手を洗わなければ許容できないほどの高いリスクで感染症にかかり小児が死ぬ確率は上がる。パンツやズボンなどの衣服を身に付けなくても生きていけるような温暖な気候の範囲に、我が家はない。いずれにせよ、現代人として受け入れがたいレベルの可能性として、死ぬということだ。それが「手を洗う」ことや「パンツやズボン」を履くことの「現代人には必要」な意味となる。
・逆に言えば、「現代人として」「生きて」いかなければ、食事の前に手を洗わないことやパンツやズボンをはかないことを許容できることになる。しかし、それは、どの時代まで遡ることになるのか。そして、その結果、生存圏はどれほど限られるのだろうか。どれぐらい死ぬのか。
・手洗いや着衣といった具体的事象は我が家において生じた衝突であって、他の家庭ではこれではない現実的事象として生じる。しかし、ほぼ確実に言えるのは、どこへどれぐらい向かったところで、結局どこかで限界が来るということだ。親の寛容さの限界にぶつかるまで子は突き進むだけだ。それがどこであれ。この事態は、そういう意味である一定の普遍性を持っている。「イヤイヤ期」と呼ばれる程度には。
・子育てから離れて見ればこの種の人間的規範はいくらでもある。「車が走っている道に走り出てはいけない」「産卵期の毒蛇にいたずらしてはいけない」「地震があったらすぐに海から離れなくてはならない」。こういったことも、ある場所、ある時代における人為的文化的人間的規範であって、守られなければ、許容できないレベルで人間集団の致死率が上がる。そういった集団的生物である人間として共有する普遍性のことだ。こういう規範を「守らない」ということが引き起こしうる摩擦にも拡大できる話かもしれない。が、ここでは広げない。
・さて。
・幼児から見れば「自然」の側から、親が知らず識らずに抱えている「現代において人間であること」、つまり「現代的な人工・人為」に対峙している。なんで食べたいものを食べるのに水道の蛇口をひねって手を洗わなくてはならないような文化的規範を維持しなくては生存できないのか。なんでパンツやズボンを身に着けないと生きていけないような気候域にそもそも棲息しているのか。なんで車なんてものが走っているのか。
・僕は今、自分でも意識しなかった、意識しなくても良くなっていた、前提レベルの「人間」「人為」「人工」の上に立って、「自然」と闘っている。僕の子供は今、当然のごとく生まれ持った意識する以前の「自然」を前提にして、「人間」と闘っている。
・この闘いはそれほど遠くない将来、決着がつく。悲しいかな、自然が打ち負かされる。すでに絵本を読んでいる。すでに言葉を使って親と話をしている。すでにおしっこを失敗したら悔しい。すでに親がするような「難しい」ことを真似してやってみることに喜びを見出している。すでに人間として生きることに楽しさや面白さを味わっている。すでにすでに。そうして、人間が一人増える。自然から移ってくる。
・「自然に帰る」というのは、「自然」というのが人間を取り巻く「環境」としてあるのではなく、人間というものそのものが「不自然である」のだが、その人間が変化することで「自然に帰る」ことができたとするなら、そのときそれはもはや人間ではなく「自然である」、死もその一つだ、ということなのだろうな、ルソーよ。
May 21, 2020
【700】アラタ走る。(生後623日目)
■近々開催のまるネコ堂の催し
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●7月28日から8月1日:言葉の表出、夏合宿2020
★満席となりました。以後キャンセル待ちにて受付です。
https://mio-aqui.blogspot.com/2020/01/2020_28.html
●定期:文章筋トレ
隔週の水曜午前、月一土曜午後
https://marunekodoblog.blogspot.com/p/blog-page_26.html
●9月まで月一回:『中動態の世界』ゼミ(全9回)
https://marunekodosemi.blogspot.com/2019/12/32.html
●月曜午後のzoomカフェ
https://marunekodoblog.blogspot.com/p/zoom-httpszoom.html
●マンツーマンの文章面談
https://marunekodoblog.blogspot.com/p/blog-page_20.html
●定期:デッサン会
大谷美緒の企画です。
https://mio-aqui.blogspot.com/2020/04/blog-post_89.html
May 7, 2020
【690】たぶんここ数日で、喋りだした。1歳8ヶ月。
実は少し前から、質問すると頷くか首を振るということは出来ていた。
うなずくときには何も音声はないけれど、首をふるときには「イヤ」という時があった。
また、明確に対象がはっきりしている音声として「バッ」というのがあった。バナナのことだ。
それらをもって喋ったということであれば、たぶんここ二、三週間というところ。
ただ、この数日、もっと明確な言葉が現れた。
「あっこ」だ。
「あっこ」と言いながら両手を高く差し出す。
今後もなるべく「語録」を残していく。
May 5, 2020
【686】子供が居る家を職場にしていく。
進めなくてはならないことがいくつかあって、普段ならばそれほど手こずらずに仕上げられるだろうことなのに、手を付けることすら難しい。という状況が続いている。
なので、これを機に、子供が居る状態でも仕事をやっていけるようにするにはどうすればいいのかということを試行錯誤してみようと思っている。何らかの理由で保育園が利用できない事態はもう少し想定しておいたほうがいい。
連休前からすでに保育園からはコロナ関連で強い「登園自粛要請」が出ていて、できる限り休みを取るようにはしてきた。その分、仕事はどんどん後ろ倒しになっていってフラストレーションが溜まっていった。これはよくない。
とりあえず、美緒と僕とで交代でアラタをみることにしたが、仕事に使える時間は単純に半分になる。これでやっていけるなら良いのだけど、早々に破綻する。というか、これで済むなら保育園に通わせる大義的な意味はなくなる。
で、ここからが試行錯誤。つまり、面白くなるはずの領域だ。
僕も美緒も自宅で仕事をしている。自営業だ。自営業の強みは僕は、生活と仕事の全体を投じることができる、その全体を自分で組み替えることができることだと思っている。
自営業とひとくちに言ってもいろいろなのだけど、僕たちがやっていることの多くは、自分で仕事を作って自分で遂行するタイプのものだ。他者からの注文を受けてそれに応えることで報酬を受け取るタイプのものは少ない。
だから、そもそもの地点から、生活と仕事を含めた全体から、再度、どういうことを仕事としていくのか、ということを作り出して行くことができる。仕事をどのような目的でやるのか、どのようなプロセスでやるのか、そういったことを含め、生活と合わせて全部を組み替えていくというイメージだ。僕たちがやっている仕事と生活はそういう自由度の中にある。
ということで、まずは現状の観察から始める。
1歳8ヶ月のアラタは、だいぶ一人遊びができるようになってきた。常に直接見ていなければ危険だという時期ではなくなりつつある。おしっこやうんこもだいたい教えてくれるようになった。つまり、直接的に子育てとして必要な「労働力」は減ってきている。一日中フル回転して家事と子育てをやっていた頃から比べると相当に余裕がある。
しかし、だからといって子供が家に居る状態で仕事は難しい。ここで仕事と言っているのは、パソコンを使うとか、文章を書くとか、本を読むとか、zoomで面談をするとか、そういったことだけれど、なぜ難しいかと言うと、この手のことを僕や美緒がやり始めると、アラタがそちらに興味を持ってしまうからだ。近寄ってきて、マウスやキーボードや画面を触りたがる。本は取り上げられる。逆に言えば、大人が積み木や絵本に興味を向ければ、子供も一緒にそれをする。
この辺が現状だ。ここから考えて行けばいい。この状態で仕事と生活はどうできるのか。
とまぁ、方針はそんなところだけど、これを具体化するのはなかなか大変で、少しずつしか進まない。それはとてもよく知っている。しかも、こういうことは、あぁでもないこうでもないと試していって、ようやくだんだん上手くできるようになったなと思う頃には、子供が成長して次の段階に入っていて、そもそもそんな必要もなくなっている、といった経過をたどることもわかっている。
のだけれど、だからといってやらない手はない。思えば、そんなことばかりやってきた。単純に面白いからだ。
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■近々開催のまるネコ堂の催し
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●7月28日から8月1日:言葉の表出、夏合宿2020
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April 30, 2020
【680】ハインリッヒの法則。子育て中の事故への対策の目安。
工場の垂れ幕などでよく見かけたちょっと変わった言葉に「ヒヤリ・ハット」というのがあって、最初は特殊な帽子のことかと本気で思った。正しくはハインリッヒの法則という労働安全関連の経験則のことだ。
ハインリッヒの法則(ハインリッヒのほうそく、Heinrich's law)は、労働災害における経験則の一つである。1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するというもの。「ハインリッヒの災害トライアングル定理」または「傷害四角錐」とも呼ばれる。(ウィキペディア)
子育てに関して、僕はこのハインリッヒの法則を一つの目安としている。
どういうことかというと、例えば「子供が飲み込んでしまいそうなペットボトルのキャップが、子供の手の届くところにあって、そのキャップを子供が持っていて口に入れそうにしている」という「ヒヤリとしたり、ハッとしたりする」事象が、一日一回の頻度であったとしたら「一年経たないうちに飲み込んで重大事故が起こる」ということである。
乳幼児が何でも口に入れてしまう期間というのは、それほど長いわけではないが、アラタの例で言えば1歳7ヶ月の現在でも時々入れる。ざっくり2年間そういう時期があると見れば、2日に一回でも「ヒヤリ・ハット」すれば、ほぼ確実に1件は重大事故が起こるという計算になる。
1、29、300という数字自体の精度や正確さについては異論があるのだけれど、この経験則の言わんとしていることはよくわかると思う。
1回や2回や、10回ぐらい大丈夫だったからといって対策を怠ると、一定期間経過すればほぼ確実に悲劇が起こるというイメージは持っておいたほうがいい。
このペットボトルのキャップの例で言えば対策は簡単だ。まず基本的にペットボトルの商品は買わない。必要があって買ったとしても使い終わった時点で処分する。
つまり家の中にペットボトルキャップが存在する時間を大幅に減らす。もちろん、散歩中に自分で拾ったりもするだろうし、完全にゼロにはできない。また、その必要もない。なぜなら、上記の対策で「ヒヤリ・ハット」機会は大幅に下る。
仮に3ヶ月に1回とすれば、29✕3=87ヶ月、つまり7年に一回軽微な事故が起こる。また、重大事故は300✕3=900ヶ月、75年に一度起こる。これぐらいのリスクなら十分に許容範囲だ。
1ヶ月に1回だとすれば、軽微な事故は30ヶ月に一回。重大事故は25年に一度。これでもまぁ、大丈夫だろう。
そもそも最初から重大事故につながらないような事象(ヒヤリハットしない事象)については、経験することで子供は自ら対策を学んでいく。だから、そういうことはどんどんさせていい。重大事故につながると判断した事象はハインリッヒの法則を目安にして、機会自体を減らす。
こんな感じでいろいろ対策を取っていくと、僕たちの生活が変わっていって、それが面白い。
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■近々開催のまるネコ堂の催し
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●5月2日、3日:第0回 まるネコ堂芸術祭
https://marunekodoblog.blogspot.com/p/1.html
●7月28日から8月1日:言葉の表出、夏合宿2020
https://mio-aqui.blogspot.com/2020/01/2020_28.html
●定期:文章筋トレ
隔週の水曜午前、月一土曜午後
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●9月まで月一回:『中動態の世界』ゼミ(全9回)
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●月曜午後のzoomカフェ
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●マンツーマンの文章面談
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●定期:デッサン会
大谷美緒の企画です。
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March 4, 2020
【618】もしも保育園が休園になったら。
とりあえず僕たちにできることとして、迎えの時間を1時間繰り上げて、来週以降、週1日か2日程度休み(家庭での保育)をとるようにする予定。このあたりは自営業なので融通がきく。
先週の時点で「もし休園になったら、同じクラスの人(たち)に、うちで一緒に子供を遊ばせませんかと声をかけてみよう」と美緒とは話していた。
幸い、まるネコ堂は保育園に準ずるレベルで物が少ない。それなりの広さのスペースがあって幼児が何人か集まって遊んでも支障はない。一緒に子供をみることができれば親の負担は下がる。何より子供たち自身も楽しく遊べる。ご飯をつくって一緒に食べたりするのも問題はない。
本当に問題がない。ざっと思い巡らせても問題になるような要素が思い当たらない。明日からでもできる。ほとんど平常運転の範囲だ。
もちろん、そもそもの新型コロナウイルスの感染を問題から除外すれば、なのだけど、この規模の人の集まりが「問題」になるとしたら、それはもう世界的に全く違う局面に突入しているのではないか。そろそろ人類は地下に住むことを余儀なくされてもおかしくない。
今のところ同じクラスの人には声をかけていないが、今度会ったら、そんな話をしてみてもいいかもしれない。今後の状況次第では休園もありうると保育園からは通知が来ている。
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■近々開催のまるネコ堂の催し
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●3月20日から24日:言葉の表出、春合宿2020
https://mio-aqui.blogspot.com/2020/01/2020.html
●7月28日から8月1日:言葉の表出、夏合宿2020
https://mio-aqui.blogspot.com/2020/01/2020_28.html
●3月29日(日):山本明日香レクチャー・コンサート
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●定期:文章筋トレ
隔週の水曜午前、月一土曜午後
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●9月まで月一回:『中動態の世界』ゼミ(全9回)
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●月曜午後のzoomカフェ
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●雑誌『言語』6号まで発行
https://gengoweb.jimdofree.com/
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マンツーマンの文章面談
https://marunekodoblog.blogspot.com/p/blog-page_20.html
「書いてみたいけどなかなか書き出せない、書きあぐねている」
「書いてみたけどこれでいいのか不安」と思う人が多いようです。
この面談では、書くことが面白くて自分で書き進めていけるように
なるまでをサポートします。1回60分から90分程度。
初回ヒアリング無料です。
【費用】
・高校生以上:1回7,000円
・小中学生 :1回5,000円
※出張の場合、出張費1,000円と交通費実費が加わります。
お問い合わせはメールで。
大谷隆 marunekodo@gmail.com