December 26, 2018

【540】再び眠れない夜。(生後111日目)

昨夜はかなり痒かったようで、親子3人ほぼ眠れず。

今日ちょうど皮膚科へ行く日。背中と足、お尻などがひどい。以前と同じアルメタ軟膏など4種ほど出る。薬の種類が増えるのは良くない傾向。帰ってきて薬を塗るがなかなか収まらない。何度かひどいところへ塗り足していく。

前回、きれいに治ったと思ったお腹にも出ているのがきつい。

表情や声の出し方、泣き方、足や手の動かし方などを観察する。だいたい痒い場所がわかるようになってきた。特にひどくなっているところがあると、ものすごい声で泣くのでそういう場合は服を脱がせて全身をチェックする。

抱っこでごまかせる痒みと到底ごまかせない痒みがある。ごまかせる軽度の痒みはごまかしてしまえばしばらく大丈夫だが、ごまかせない強い痒みには薬を使う。

一人で布団に寝かせておくと泣き続けるので、そばにいて話しかけてやる。するとちょっとご機嫌が戻る。笑い顔まで出ればかなり痒みを遠ざけておける。話しかけながら全身を見ていて痒くなりそうなところは早めに手を打つ。

今夜はどうなるか。現在20時前。すでに痒そうでいろいろ覚悟する。

December 25, 2018

【539】口を閉じて声を出せるようになった。(生後110日目)

新(あらた)の湿疹。

以前強く出ていた、おでこ、頬、お腹はだいぶ収まってきて、1日2回の弱いクリーム薬でほぼ大丈夫になった。そのかわり、以前はそれほど出ていなかった耳の後ろから後頭部、首の後、背中に今は強く出ている。ここはクリームだけではおさえられず、時々痒がって泣き続けるので、強い軟膏を部分的に塗り足して、抱っこと授乳をあわせておさえている。26日にまた皮膚科へいって経過を見てもらうことになっている。

ところで、最近、口を閉じたまま頬を膨らませ気味にして「んー、んー」という声をだすようになった。それまで声をだすときは口を開けていた。
ちょうど「んー」と言っているとき。
微妙な表情。

口を閉じて出す「んー」は、口を開けている「あー」などと違って、ちょっと機嫌が悪いとき、悪くなりそうなときに出しているように見える。タイミング的には痒いことをアピールしているように受け取れる。表情としても微妙な苦悶を浮かべている感じ。このまま放置すると泣き出したり、手で耳などを擦ったりする。耳の付け根が切れてしまっている。

声はご機嫌に生まれ、やがて不機嫌へと向かうということなのか。

December 21, 2018

【538】皮膚科2回目。「かなりひどい状況」は脱する。(生後106日目)

二日前に皮膚科に行って、ステロイドを出されたその後。

アルメタ軟膏(とアルメタを薄めたクリーム)は怖いぐらいに良く効いた。

一時間も経たずに目に見えて赤みが引いていき 、丸一日後には、ほぼ全身から消えた。かゆみもほとんどない様子。お風呂に入ったあとや、眠たくなったとき、夕方になって副交感神経優位になり体温が上がったときに目の周り、耳、あごなどが少し痒くなるぐらい。

それ以外のときは、以前のご機嫌モード全開。楽しげに笑いながら喋り続ける。まったく、子供の体に不調がないのであれば、育児がつらいなどということはありえない。

そして今日、2回目の皮膚科。炎症がちゃんと収まっていて経過が良いので、弱めの薬に切り替わる。とはいえ、まだ治ったわけではない。新(あらた)固有の対策を考えていくことになる。多くの場合は、月齢に伴って皮膚が強くなって自然に治っていくようだが、かゆみのコントロールをしないと掻いたりこすったりして悪化する。

新の肌が弱いことは複数の医者や保健師の言葉からも明らかだし、新生児の頃から肌の状態が万全だったことがない。ほぼ最初から湿疹が出ていたし、その後ずっとカサついていた。長期戦を覚悟しなくてはならない。

炎症が治まれば、痒くなるタイミングはほぼ特定できる。お風呂、睡眠時、夕方。このタイミングをどうにかすればいい。抱っこは一番簡単なコントロール法で、揺らし方によって、新のバランス神経に適度な負荷を与えることができる(ただし親の体への負担が高い)。上手に抱っこすれば、こすったり掻いたりしなくても眠らせることができるし、眠らせなくても落ち着かせられる。適度な揺らしでリラックスさせすぎないようにして副交感神経が優位になりすぎないようにすればヒスタミンが出ず、痒みが発生しにくいのだと思う。

ということは、痒くないから機嫌よく喋りまくっているのではなく、機嫌良く喋りまくることで意識が集中され、アドレナリンが分泌され、痒みが出にくいホルモンバランスになっているのかもしれない。あるいはむしろ、その両方向的な事象なのだろう。

ところで、皮膚への刺激というのは、皮膚が弱かろうが強かろうが誰にでも常に全身のいたるところで発生している。これを痒みとして認識するか、キャンセルするかは、その人の状況なのだけれど、リラックスしているときほど痒みとして認識されやすい(閾値が低い)ということはあるようだ。アタリマエのことに聞こえるけれど、ある程度の集中状態や興奮状態にあれば痒くない。もちろんこれは、皮膚が良好な状態での話であるが。

さらにところで。「リラックス」というのが万能薬のように言われていることこそが、実は逆に現代的な病なのではないかと僕は疑っている。いわば「リラックス至上主義」が現代の問題のいくつかの原因なのではないかとすら思う。これについては後ほど書くつもりである。

今日の新。
婆娑羅大名風。

December 19, 2018

【537】新(あらた)の肌がひどいことになっていた。(生後104日目)

昨夜、痒そうにしていたので、いつも行っている小児科ではなく皮膚科につれていく。一目見るなり、医者の表情が変わる。

「かなりひどい状況です。ステロイドを出すので怖がらずに全身べったり塗ってください。薄く塗り伸ばしたりすると治りません。(小児科で処方された今使っている薬をお薬手帳で確認して)治す成分は一個も入ってない。」

帰ってきて早速、全身にステロイドを塗る。特にひどい額、頬などは強めの薬をべったり。

皮膚科に行ったのがちょうどお昼ぐらいで、夕方にはだいぶ赤みが引いていた。たしかによく効く。それでもまだ頭、おでこ、頬などは赤い。体も赤みは引いているがかゆみはあるようで自分で引っ掻こうとする。もしかすると散々自分で顔に傷をつけていたのは、痒かったからかもしれない。もっと早く適切な医者につれていくべきだった。

痒みが収まると早速、ご機嫌なおしゃべりを始める。そういえば、ここ何日かこのおしゃべりがなかった。

今後、どうなるか。

どうか、治ってほしい。

【536】イェスパー・ユール『ハーフリアル』を読む。


この本は面白いのだけれど、どう面白いか説明するのがちょっと難しい。でもやってみよう。

いきなり最終章(Chapter 6)から引用する。
この本の目的は、ビデオゲームについての基礎理論を作り出すことにあった。[236]
この本はビデオゲーム(日本語では「コンピューターゲーム」が近い)の楽しさを論じるための「土台を提供する」ということをしている。

Chapter 1「序論」が特にそうなのだけれど、読んでいてワクワクしてくる。「ゲームとはなにか」「楽しさを論理的に考える」といった見出しが示すように、誰でも知っているあの「ゲーム」の「楽しさ」。それを語るための場所が作りだされていく。先行研究の分類、分析の丁寧さも、退屈ではなく少しずつ何かが始まっていく予感を生じさせている。

著者がどれほどゲーム好きかは、例示されているゲームの豊富さ、それも様々な時代の様々なタイプのゲームを適切に繰り出してくる感じからよくわかる。

終わりも評価もない「SimCity」、初期設定以外になにもしない「ライフゲーム」(これは厳密にはゲームではないと本書では分類される)、単純な画面と操作から複雑な結果を生じさせる「pong」、リアルなグラフィックを駆使する最近のゲーム。

ゲームの楽しさや面白さというのは本当に多様に生じるのだけれど、だからといって何でもありなわけではない。面白いゲームもあれば面白くないゲームもある。しかし、その面白さや面白くなさは、例えば小説や映画を語る言語ではうまく語りえない。ゲームの面白さを真正面から語りえない。隅々まで語りえない。だからそれを語る言語を作ったというわけだ。

この本は、ゲーム好きがゲームの楽しさを思う存分、余すところなく語り合う、そんな「面白さというもの」の土台作りをしている。

本書の魅力は「楽しさ、面白さ」という得体の知れないものを作ったり語ったりするための新たな言語空間=場所が構築されていく様子を目の当たりにできることである。読んでいくことでそのプロセスを見ていくことができる。何もなかった野原に舞台が作られていく。〈所〉そのものができていく。その、じわじわと広がる嬉しい予感が味わえる。

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