March 7, 2015

【095】年度末の坂。

写真だとわかりにくいけれど、結構急な坂。
うちの近所。
12月ぐらいから上り坂になってきて、だんだんきつくなってくる。
2月くらいからはほんとに急坂で、年度末に向かってどんどん急になっていく。
毎年、この坂を果たして登りきれるのだろうかと心配になる。
今まさにそんなところ。

年度末の坂はだいたいは年度末ピッタリかその直前ぐらいで突然終わりが来る。
登ったんだから、下るんだろうという予測を裏切って、ただ平坦になる。
平坦なうちはとても歩きやすくて、どんどん進むぞという気になる。

そのうちだんだん下り坂になっていって梅雨時には転がるように落ちていく。
歩いているのではなく落ちている感じで体の自由はきかなくなる。
8月ぐらいに底を打つようだけれど、それもなんとなく下降速度が感じられなくなるだけで、下り坂が終わったという明確な何かがあるわけではない。
停滞した日々が続く。

しかしある日、気が付くと、体が動き出して、物事が勝手にうまく進みだす。
涼しい風と秋が来ている。

でもまた、だんだんと体が重くなって、気が付くと12月。

そんなふうにここ何年かを過ごしていて、これにはもう飽きた。

この年度末の坂を登り切ったら、別の歩き方をしたい。

March 6, 2015

【094】色とりどりの無言。

屋内空き地。そういえば、「無」と「空」の違いも
視野にちらつきだしてきた。
無言にもいろいろある。

まるネコ堂ゼミでも円坐でも、しょっちゅう無言が現れる。
テーマなくただ話すのを録音した「言葉の記録」でも、大量の無言が現れる。

でも「無言を発し(ようとし)ている」者の中では、音にならない「言=事(こと)」として、一つ一つ異なる何かを現している。だから、同じ無言は無い。

僕は「無言」という文字に騙されていた。

無言こそ、意味にも物理的な振動にも縛られない、もっとも豊かな「言葉」の源泉なのだ。

ということをものすごく明確に言い切ってしまっていた奴がいた。


悔しいぐらい見事。

March 3, 2015

【093】携帯電話を洗濯した顛末、その後。

ショップで出してくれた代替機(幸運にもあった)。
見た目はかわいいけれど、壊したら驚愕の賠償額。早く返したい。
先日の洗濯の後日談。
結論から書くと、やっぱり壊れました。
修理しました。
代金は8,350円でした。

復活してから二日ほどたった朝、携帯電話の電源が入らない。
なんどか電池を外したりしているうちになんとか入るが、今度は液晶が真っ白。
何も見えない。

ただ電話機能自体は生きているようで、適当にボタンを押しているうちに誤って何度か電話をかけてしまう。そのたびに間違いましたと謝りつつ、これはさすがにもうダメだと諦める。

しかし、少し前までしっかり使えていたのに、と思ってボタンをいじくっていると、ボタンの隙間から水が出てくる。まだ乾いていなかったのか?と思ったけれど、どうも様子が変で、その上、なんだか指が臭う。まさかと思って携帯電話の臭いをかぐと、最近慣れ親しんでいるあの臭い。

うちの猫が発情してあちこちに振りまいてくれているおしっこの臭い。
どうやらトドメは「シロ」のしわざか。

ワイモバイルのショップに持って行くと修理の見積もりに出せるというので、ダメもとで出すことに。

見積が出るまでの間にやったのは、まず中古ショップの値段を調べる。
と、このお店なんかが良さそうで、安いのだと3000円+送料600円ぐらい。

さらに持ち込みで機種変更だと、手数料が3000円+税
ショップで確認とったところ、持ち込み機種変更でもこれまでのプランがそのまま続行されて、割引の減額などペナルティ的なものはないらしい。

つまり、6,840円ぐらいで復帰できる。

これぐらいなら、MNPして、また別キャリアで2年縛られるよりはいいかと思い、あとは
修理の見積もりの出るのを待つ。

で、出た修理代が8,350円。

むーっと考えて、気に入っている端末だし、修理好きだしで、修理することに決定。

ということで、今回の洗濯の金額的代償は8,350円でした。

今回調べてみてわかったことは、中古買ってきて機種変更して7,000円ぐらいなら、毎月500円払って修理代金の上限が5,000円になるという保険に入る意味はないなと思います。

なお、IP電話も一応試してみました。
音質自体はまぁ大丈夫。遅延があるからちょっと気になるけど、使えなくはない感じです。ワイモバイルでの費用負担が1万円を超えるようならこっちに変更したかもしれません。

March 2, 2015

【092】干せば乾く洗濯物のように「仕事」をしたい。

晴れていて湿度が低く風がある。
今日は洗濯物にとって最高の日。
洗濯物が好きだというのは以前にも書いて、その時はコンポストの話だった。

先日、洗濯物が好きだという話をする機会があって、「いいですね」と言っていただけたので調子に乗って、もう少し洗濯物の話を書いておこう。

洗濯物の何がいいかというと、干しておけば乾くというところである。もしもこれが、干した洗濯物の前に立って一日中うちわで扇ぎ続けなければ乾かないというのであれば、こんなに大変なことはない。

当たり前のことを書いている自覚はある。濡れているものはある条件下で自然と乾く。そういう物理法則に則って洗濯物というものは存在している。

でもその「ある条件」というのがあって、例えば雨が降っていたり、湿度が高かったり、気温がマイナスだったり、そういう状況では乾かない。だから、洗濯物はそれらの条件を見定めて、干す。

この、最初に条件を見定めて何かをセットすると、自然に望ましい状態になっていくということが、洗濯物の醍醐味である。

これは、植物を育てることにも通じる。

植物は、毎日だれかが茎や葉っぱの先を引っ張って伸ばしてやらなくても、太陽や雨や時に風によって、勝手に伸びる。僕に出来る事は、いつ、どこに、どのように「植える」あるいは「撒く」かで、その時点でほぼその後の展開が決定される。

今僕たちのまわりにある仕事の多くは、洗濯物を一日中うちわで扇いだり、草花の茎や葉っぱを引っ張ったりしていると思う。だからとてもしんどい。

そういうしんどいことから解放され、僕は、干せば乾く洗濯物のように「仕事」をしたい。

March 1, 2015

【091】カレールーのように生活は飽和した。ここからはじめる。

昔はこんなに小さかった猫。
今は飽和している。
つくりだすこと、それも今までなかったものを新たに。

ということがいいコトとされてきた。
でも僕の感覚はちょっと違っていて、

飽和した。
という感じがする。

昔観たテレビ番組でカレールーを使ったカレーはどうやったら美味しく作れるかというのがあって、主婦歴10年とか20年みたいな主婦数人と料理やったことありませんな女子大生が作ったカレーを食べ比べるのだけど、主婦たちは隠し味だとかいってチョコレートやインスタントコーヒーやら醤油やらソースやらを入れる。一方はじめての女子大生はルーの箱に書いてあるとおりに作る。たしかそんな内容。

結果、女子大生のカレーの方が美味しい。

理由は、カレールーというのはもうメーカーで完璧に作りこまれているから、味が限界までつめ込まれている。そこに他のものを追加するとバランスが崩れる。

僕達の生活はもうカレールーのように飽和しているのではないか。

ここに新たな何かを追加しても美味しくはない。
追加添加できる余地がない。

現状にプラスするという発想から離脱することが、何かを「新しく」作ることへの近道で、しかし、飽和したという現在地から進んで行く方向はもちろん破壊ではなくて、僕はその方向が無縁なんだと思っている。

ルールが変わる所、ゲームの流れが変わる所。

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