January 10, 2026
January 7, 2026
2026/01/07
話したり聞いたり、つまり会話というものに、本来の姿とか、正しい話し方や聞き方とかがあるわけではない。いつも幾分かの間違いが入り込んでいる。言い間違い、聞き間違い。そもそも話す方も聞く方も、勘違いや思い込みがある。そういう不純物が混じり込んでいるのが会話だと思う。
ちょっと違う言い方をしてみると、話す方も聞く方も、伝達経路にも、ある程度の間違いが含まれているのが、正しい会話だと思う。正しさの中にもともと間違いが含まれているというのは、僕が自分で発見したものの中でも、かなり高いレベルのワクワクで、だから会話は驚いたりして面白い。
雑談を録音して編集していると、僕もそこに参加していた当事者のはずなのに、一体全体、なんでこういう話になっているんだろうこの人たちは、とワクワクする。たぶん、その迷走とワクワクは、「間違ってる成分」の混入度合いによる。それがいい具合になっていると面白い。
雑談は、のっぺりとした均質なものではなく、澄み切ったクリアなものでももちろんなく、粗挽きソーセージみたいに、つぶつぶ状に「間違ってる成分」がある。
January 5, 2026
2026/01/05
僕達は生きているのか。どう生きるのかと問われるよりも、そもそも生きているのか。案外、そうではないのかもしれない。
こういうことはあまり深く考えないほうが良いと僕はよく知っているが、台風の日に水路の様子を見に行かなくては居られない農家のおじいさんのように僕は注意深く考えることが好きだ。行かなくてはいけないし、行きたくてしょうがなくなる。
時々ニュースになって死んでしまうけれど、それは、割にたくさんいるおじいさん達のうちの幾人かだ。台風の直撃は、そのおじいさん個人にとっては、そんなに頻繁なことではないし、生きていることを深刻に考えるのも同程度の頻度だ。だから実際それほど死なない。自分は大丈夫だと思っている。それは油断でもあるが鼓舞だ。
深刻に考えたいわけではないが、深刻に考えることを避けたくない。そうしないと得られないことがある。得られるものが、どうということのない日常だということも知ってる。ちょっとだけ、それまでとは違う日常。
自分のブログのレコメンド記事でラーメンズの「銀河鉄道の夜のような夜」が出てきて、そういうことを思い出した。
January 3, 2026
年明け。
あけましておめでとうございます。
年末はインフルエンザかと思うような高熱が出て、思いの外よくならなかったけど、ようやく復活しはじめた。虎ちゃんのこともあるのでインフルエンザ等の検査キットを買ったらどれも陰性だった。
1日目熱は39度前後から下がらなかったけど、独特のどうしても動けないようなしんどさはなかったのと2日目には36度台に一旦でも下りはしたので、違うかも?とは思ったけど今年はワクチンも打ってたので、その影響で楽なだけ?とか、考えたりしてた。
去年は作って食べる企画も3月以降できずで来てくれた人は減ったかもと思って隆のつけている来客記録を見たら、一昨年とあまり変わらない人数が来てくれていた。ありがたい。
平日でも人が来てくれてることが多かった気がする。
今年は虎ちゃんがやっと帰ってくるし、たくさんの人に来て欲しい。
今年もよろしくお願いします。
January 1, 2026
年末のこと。
ようちゃんが冬休みに入った。
2-3日後、熱がでてしまった。
別館の和室に寝る。
体はしんどいはずなのにそんなの問題にならないくらい、休めることに安堵してしまっている。そのことにびっくりした。
うつしてしまったのではないかとか、隆が大変じゃないかとか、そもそも餅つきなんだけどとか、虎ちゃんに会いに行けないとか、もちろん色々考える。
でも、大してなにもできない状況にホッとしているところがある。
和室の襖を全部閉めたら旅館に来たような気分になって余計に贅沢な気分になった。
とにかく寝よう。
ホッとしてたのも1日程度で、まだ熱は下がらないが、すぐにやっぱり虎ちゃんに長いこと会いに行けなくて寂しいとか、一人で寝てるの寂しいとか思い始めた。
Instagramを見てると年末だから今年の総集編みたいなのを投稿してる人も多く、自分も回想すると悲しいわけでもないのに涙と鼻水が出てきた。
夏に平等院に行ったことを思い出した。
臨終の時、一番会いたい人が菩薩の姿になって現れるらしい。そして、お迎えしてくれるのは雲中供養菩薩も入った賑やかな菩薩さんたちだ。そんなことを博物館の動画で説明してくれてた(内容が間違ってたらすいません)。動画は何度も見てるはずなのに、その光景は救いやなと初めて思った。
なんで菩薩の姿なんやろと新と話した。
博物館を出たところは、天気も、風も、湿度も、気温もめっちゃ気持ちよくて新と葉ちゃんが遊び回っていた。これは絶対に気持ちいいから、みんな気持ちよさそに入り浸っていた。