August 31, 2014

【言葉の記録1】梅田純平さん 第4回

第4回 はたと気付かされるわけですよ。俺はこんなことに腹立てるんかと

大谷:梅ちゃんにとっては演劇っていうものが自分の外側の世界と関わっていくもの?

梅田:今回はそうやったね。なんか、思わぬところでリンクする時があって。例えばこう感情移入をするというか、普段やったら泣かへんのに普段やったら腹たてへんのに。なんでここで泣いてなんでここで怒ってんねんやろうと演劇観ながら思う瞬間がある。その時、はたと気付かされるわけですよ。俺はこんなことを実は気にしてたんか。こんなことに腹立てるんか。

こないだ、一人芝居のトーナメントみたいなのを観に行ってて、決勝まで行って結果がでて1位をとった演劇があるねんけど、僕その話大嫌いで。絶対見たくなかったっていうか、なんやったら下ろして欲しかった。今でも嫌いやねんけど。嫌いやったて気付かされた芝居やってん。

内容が、ストーカーのお話なんですね。僕は今、なになにちゃんを見てるんです、彼女の姿を見ているだけで僕は心がときめきます、嬉しいです。あるときにバンパイアが現れて、あの女の子は生娘だから血を吸おう美味しそうだ。それを聞いた主人公でストーカーしてる彼が、危ないこのままではあの女の子は襲われて血を吸われてしまう死んでしまう。それは嫌だ。だから僕があの子のバージンを奪うんだって話に展開していくんです。

15分位の作品やねんけど10分位そのやりとりがあって。コミカルに見せるわけですよ、それを。だから笑えるねんね。笑えるんやけど。その女の子像ってのが終わり5分くらいでだんだんわかってきて。喫茶店に呼び出して、話をしているとなんか周りの人がちらちらこちらの方を見ているみたいな感じで。でも男は真剣やからその女の子に、怪しいのはわかっているんです、こんな気持ち悪い野郎やってこともわかってます、僕はでもあなたのことを守りたいんです。みたいなことを言うわけですね。

で、なんかしらんけどランドセルを背負ってたりとか。設定がわかってくんねん。女の子の。実は10歳の女の子。って話に俺むっちゃ腹たってしまって。いや人にはなかなか理解できひんのかもしれへんけど。

要は30超えたいい大人が10歳の女の子に喫茶店の中でまだセックスって言葉であったりとか、性に対しての意識なんてそれほど芽生えてない女の子に対して、あなたの処女を奪わして下さい僕にっていうようなやりとりがあって。あ、変な人やと思いますよね。とか言いながらでもあなたが狙われてるんですみたいなことを言ったりとかするやりとりが続くんやけど。結局叶わへんねんけどね。一回女の子はわけがわからへんけど、うん、っていっちゃうねん。で、やったーって喜んでるところに周りの大人達がよってきて。いや僕そんなつもりで言ったんじゃないです。僕そんなつもりで言ったんじゃないです。って女の子はちゃちゃっと帰っちゃうってところで。実はバンパイアってものも自分が勝手に想像して生み出したものやったりするんやけど。最後の方はまたその女の子をストーカーしますってとこで話としては終わった。

久しぶりに腹がたったんやけど、自分のなかでいわゆる未成年というか特に小学生の児童ポルノとかとつながってるんやけどを性的なものとしてみてしまうということが許されへんねやろな。自分の美的感覚、性的感覚として。そのばらし方も嫌いやってん。世の中的に10歳の女の子を狙うってのは犯罪じゃないですか。でそれをこう後半になってバラすっていう手法をとったっていうのも腹がたつし。もう僕の感情的には、演劇やのにこいつ警察呼んで捕まえてくれと。

大谷:その役者をってこと?

梅田:うん(笑)。でも、この作品1位取ったんやで。その作品が全部で二十何作品あるなかの1位とるわけですよ。でも僕の中では二十何作品のなかで最も評価低いわけですよ。腹たってるから。書いた奴出てこいくらい。どういう思いでお前、10歳の女の子をストーカーするということを面白いと思ったのか。何をもって描いたのか教えてくれと。その答え如何によっては俺はお前の作るものを一生観ないからなと思って。そういうことに気づくわけですよ。それはもう僕だけのものやけど。他の人はみんな評価高いわけやから。予想外やけどな。俺だけめっちゃ怒ってんねん。

他の人にその話をしたら、そこまで思わしてくれるんやったら梅田さんは術中にはめられたくらいのことが起きてますねと。

大谷:そういう意図ならば。

梅田:そういう意図ならば。もう最後、もっかいこいつストーカーし直すっていう時点でむっちゃ腹たってまた。もう死ねって思いながら。

自分にはない未知なものっていうか。自分のなかに既にあったものをほじくり出されるって感じはなかなか演劇ならではなのか芸術系のやつならではなのか。

大谷:そういう演劇を観ることは梅ちゃんにとっては楽しいことなの?

梅田:楽しいことやと思うよ。

大谷:あ、そうなんや(笑)。

梅田:そうそう。今は怒りで言ったけどね。

大谷:怒りで言ったよね(笑)

梅田:そうや(笑)。こいつら二度と見たくない。それがわかってよかったなっていう。そういう意味で感謝するよね。ありがとうと。ただ君らの世界は否定する。世にウケてると思って調子のんなよ。ははははは。

August 30, 2014

【言葉の記録1】梅田純平さん 第3回

第3回 人間の価値ってのは想像できる価値。それを証明してくれるものが演劇

梅田:文化って呼ばれるものとボランティアって、自分が認めたいものを認めたい、伝えたいものを伝えようとしたりって点で似通っている。特に運動系のボランティア活動ってのは非常に似通ってるなと。だから文化の衰退は、難しいねんけど、人間の価値が衰退していくというようなイメージ。

大谷:人間の価値?

梅田:想像することの素晴らしさみたいなものを、すごいやりながら思ってたんですよ。 

ないものをあるものとして扱う。単純な話で言えば。ここに「やかん」がありますって言ったらみんなやかんを想像するわけですよ。AさんのやかんとBさんのやかんは大きさも用途も違うかもしれへんけど。一つは鉄でできてるものかもしれへんしひとつはアルミで出来てるものかもしれへんけど、人ってのは想像して補っていって作り上げていく。演劇ってそういうものの積み重ねみたいなとこがあって、どんだけ想像してもらえるように環境を準備するかやねんね。

役者の言葉ひとつとっても、ここには机があっておそらくせんべいでも食べてるんでしょうなってのを勝手に想像してもらえるように作っていくってのがあって。

その想像ができるっていうのは人特有のものだろうなと。そこに価値がある。だから人間の価値ってのは想像できる価値やね。それを証明してくれるものが演劇のような気がしてて。それが面白くて演劇観に行ったりとかしてんねんね。

今回すごい共感したのは、わからないことをわかるってのがいいことですよねって話をしてて。わからないことをわからないままに置いておくことではなくて、私わかってないですねってわかることが重要な気がして。そっからわかろうとするかはまた別の話なんやけど。

大谷:自分はわかっていないという状態を自分がわかるってこと?

梅田:そうそうそう。想像する域がテリトリーが広がる。自分の。

例えばけんかしたとか、辛いことがあったとかやね。そんな時に、ふとあの時見た芝居にこういうシーンがあったな、今そういうシーンとそっくりな状況にいるな、あの時わからないと思ってたけど今やったら分かる気がするとかいう瞬間ってのがあるんじゃないかなっていう。

もうこれは想像やねんね。演劇を観ました。その演劇を観たシーンで自分でこんな想像をしていました。現実にそれが起きました。自分の中では成立してんねん。現実に起きてることとあの時みた芝居のつながりが。

嘘もんやってわかってるけど、一緒やねんね。それは多分想像してて。方法論とかじゃなくて自分のなかで想像していたものが起きて、それに対処する、対応するとかいうことがもしかしたらできるんじゃないかなって。

大谷:演劇で観ていた状態になったときに対処できるってこと?

梅田:でもその演劇を観てる時ってのはビデオで撮ったかのように観てないじゃないですか。自分の中の勝手なイメージもそこに付加されてるよね。付け加えられてて観てるよね。それとつながる。

映画でもそうかもしれへん。ゴジラって映画があって。あのゴジラがイコール自分の父親とつながったりとか。知り合いとつながったりするかもしれない。

その人が想像するものが付加されて現実とリンクするっていう場面があるんじゃないかなっていうのが最近思ってること。それが増えればいいなっていうのが、自分自身もそうやし、観てる人にとってもそうやし。それがなんらかの糧になればいいのかなって。

っていうのがこの前の演劇をやってて思ってたこと。自分が知らないってことが分かるとかっていう域にいけば、だから観た人が分からなかったですっていうのは自分の中で正解でもあるし、よかったなって思う瞬間ではある。

August 29, 2014

【言葉の記録1】梅田純平さん 第2回

第2回 死ぬってことは誰も経験したことないので

大谷:梅ちゃんがイメージしていた演劇の作り方ってのはどういう感じなん?

梅田:表現ってのは今まで自分が経験したことがないことを表現しないといけないことが多々ある。例えば死というものについて。死ぬってことは誰も経験したことないので、それを補うには他の人の死から想像するしかないよね。友達だったり、自分の親だったり、知り合いやね。その話をせんことに死について表現するっていうのは嘘っぽくなる。

天国はあるものだ。地獄はあるものだ。死とはかなしいものである。憂いのものであるとか。雨が降ってて欲しいとか。そういうイメージを補うものって経験とか予測、想像していく力やねんけど。その話をせんままに演技に入ることができるっていうのは嘘やなと思ってて。それがよくわかったんですよ。稽古してて。自分の中でそれをちゃんとそれを咀嚼して理解せんままにやるとそのまま観客に伝わるってのはようようわかった。

大谷:自分の中にはないわけや。

梅田:ないですよ。僕は、お医者さんの役とか店長の役をやった。けど医者やったことないし、お医者さんと触れ合う機会って自分が病気になった時だけ。自分の引き出しにはないんですよ。でもそれをどう補うかって思ったら、自分が会うてきたお医者さんであったりとか他人の中にあるお医者さん像を引き出すしかなくて。例えばそれは演出家からこんな風にしてくださいって言われたらこんなイメージのお医者さんなのかとか。最初はね、自分のイメージだけで一所懸命だそうとするんやけど。限界があって、無理なんよ。

大谷:無理って?

梅田:例えば、いろんな患者さんを毎日相手にしていて。その医者は、また変な患者が来た、検査やって言ってんのにまただだこねてはるはこの人。こんなことばっかり言われて嫌やわーって感じに作られていった役やねんけど。最初そんなん自分の中にはなくて。

追い詰められ感はなんとなくわかっててんけど、じゃあどんな風に追い詰められてんのかって想像で補うしかないわけやけど、自分では限界。で、稽古しながら教えてもらう。説明してくれんねん。こういうい言い方にするとこういう風に伝わりますとか。

最後の方によくわからん抽象的な表現をするんですよ。「フグがいっぱい泳いでる」って。フグがって何やと。

最初言われたんが、死体と思って下さい。死体がいっぱいあなたのもとに溢れてるんですよ。そういう感じでセリフは言ってみて下さいと。最終的に落ち着いたんが死体じゃなくていろんな患者さんからのクレームだと。相手してんのはその人一人やけど、おんなじこと言ってくる人物が何人も出てくるからと。そういう話をしていくなかでやっと自分の実生活とつながる瞬間とあって。

例えば腹割って話さん奴とかが自分の中で嫌いなやつやねんけど、そういう人たちと相対しているときとか。ああ、また来たわというイメージ。そういうやつがたくさんいる。で、またおんなじこと言われてるわ俺、ってのをつなげる作業になってたんやけど。自分の引き出しの中からね。

お医者さん関係ないねんけど。でもそうやって経験から補わないと表現できないことがあって。現実世界とのリンクが自分の中にないと上手いことできない。

じゃあ他の役者はどう思ってんのかなと。母になったことない人は自分の母親やまわりの母親っての中から補うしかないやろうし。その時に生まれている感情とか考えてることをどう表現するんかなってときに、それむっちゃ考えなあかんのに考えずに、なんか手法論に走る。

大谷:手法論?

梅田:声を大きくする。態度をでかく見せる。動きで見せる。そういった方法で、さも表現したかのように見せる。そういうのが上手い人もいる。怒りの表現はこんな感じです。悲しみの表現はこんなんです。こういうしゃべり方をすればさも怒っているかのように聞こえます。悲しみはこういえばいい。っていう方法論を求める。じゃあどうすればいい?みたいな。

大谷:どうすれば怒っているようにみえますかっていう?

梅田:そうそう。棒読みじゃなくて少し感情の起伏を付けてくださっていって。わかりましたじゃあここは怒っているように起伏付けますって言ってやれるわけですよ。ほーと思って。俺には無理やと。どこ行っても方法とその結果みたいなもので処理して、そこに至る感情のプロセスみたいなものは置いといてもできてしまうようなことは。

大谷:それ、大概の仕事に言えるよね。

梅田:そやねん。そやねん。そやねん。ははは。3回言うたけど。大概の仕事に言えるやろね。無機質よね非常に。

大谷:でも、演劇をやるのにそれがいいかってのは微妙やね。

梅田:表現するもの。音楽もそうやし美術もそうかも知れへんけど。表現をしていくものに対して方法論でいいのかっていうのは疑問になったのが今回の経験。

だから演劇を観る視点が変わってしまったなって思うのがそこ。この役者は本気でどう思ってやってんのかなってっところに観点がいっちゃう。美術に対してもそうやし、照明に対してもそうやし、ものに対してもそう。人に対してもそうなんやけど。

だってさー、馬鹿らしいなと思うわけよ。要は演劇では飯は食えないわけよ。どんだけ無機質にしようが方法論をとろうが。売れないんだから。

そうしたときにね。自分が表現したいもの。自分が見てきてない自分。今まで出会ってない自分。今まで出会ってきてない他の人達と出会いたいがためにやってると思ってきたわけ。

それを手法論や方法論とか、仕事チックにやっててええんかと。何が楽しいんやろと。そこがイコール金になるんやったらまあまあなっとくできるわ、俺。仕事としてここはやっときましょうと。無機質なものとしてやっときましょうと。ああ、ここらへんはボランティア活動とも非常に似通ってくるな。

August 28, 2014

【言葉の記録1】梅田純平さん 第1回

言葉の記録

人と話をするのが面白い。どこがどう面白いかというのは、その人、その時それぞれだから、ひとくくりにはできない。話、離し、放された言葉が少し景色を変えてみせる。そんな言葉の記録。事と場の記録。

小林けんじさんの「自分では、自分の考えてることを文字にするのが難しいから人に聞いてもらいたい」という言葉から生まれた企画。

August 20, 2014

【010】お金と計画と未来と安定、そして世界

素晴らしい空き地。囲いがない。
20年物ぐらいか。
昔々、明日はもちろん次の食べ物すらあるかどうかわからなかった。
たくさんあるときは人と分けた。ないときは人からもらった。
たいていは手に入り、そう困らなかった。
お金が現れた。
お金はいつまでも腐らず、いつでも食べ物と交換できる。
お金によって明日は明日の食べ物が、明後日は明後日の食べ物が手に入るようになった。
これが計画である。
計画によって明後日の次の日のこともその次の日のことも考えることができるようになった。
これが未来がである。
未来によって困難を予め回避できるようになった。
これが安定である。
安定と未来と計画とお金は、すべてつなぎ合わされたものである。

しかし、食べ物が手に入らなければやっぱり死ぬ。
病気になれば死ぬ。
事故にあえば死ぬ。
相変わらず僕は次の瞬間に死ぬかもしれないままでいる。
これが世界である。

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