January 9, 2015

【046】ハクキンカイロにベンジンを注ぐのが楽しい

ポケットの中、
小さな「火」を持ち歩く。
冬場、何が困るかというと、指が冷えるのが困っていた。特にパソコン作業をすると指が冷えてしもやけになる。それだけのために部屋全体を温めるような暖房を導入する気になれなくて、結局我慢していた。そんな中、パートナーの澪がいいものを発見した。

ハクキンカイロ。

存在は知っていた。昔、父親が使っていたという話を母親から聞いたことがあった。カイロ本体を見た記憶はないけれど、中に入れるベンジンの瓶は長く実家の洗面所の棚に放置されていた。今でも新品を売っているとは思ってなかった。

澪と2つ購入。届いたので早速使ってみる。

まずベンジンを注油、と言ってもベンジンを燃やすわけではなく、触媒作用で二酸化酸素と水に分解される際の酸化熱を取り出す仕組みで、その原料となるベンジンを注いで入れるのだけど、あぁ、これはいいなと思った。万年筆にインクを吸い上げるのと似ていて、僕の好きな作業。もしハクキンカイロが、燃料を直接入れるのではなくて、カートリッジタイプだとしたら、きっと買わなかったと思う。

ある一定分の「何か」を補充して使う物には、その一定分の自由を手に入れる感じがあって、それがカートリッジになってしまうと、そのカートリッジという規格に縛られて自由が減る。家庭に引かれている電気やガス、水道といった「パイプ」で接続されているタイプの物はさらに強固に縛り付けられている感じがする。「インフラ」とはこの「パイプ」のことで、だからインフラは常に束縛を伴う。テレビやネットといった無線インフラは、物理的には緩和されてはいるけれど、「圧力を伴って注ぎ込む」機能は、パイプと同じで心理的には束縛を受ける。

それはさておき、ハクキンカイロは、満タンにすると24時間保つ。毎日、決まった時間にベンジンを入れるのが冬場の暮らしの作業の一つになると思うと楽しい。

今もはんてんのポケットに入れて、時々指を温めている。

January 8, 2015

【045】たこ焼き鉄板を手放すかどうかの攻防

鉄の調理具は基本的には好きで、
それだけで評価が上がる。
街角でたこ焼き屋を見つけて、あ、食べたいなと思うことがあっても、つい、家で作ったほうが美味しいからと我慢してしまっていた。

実際、家で作ったほうが美味しい。そのための鉄板も結構気に入ってはいる。しかし、最近あまり使わなくなってきていた。

使わないなら持っていなくても良い。そうやってこれまで多くのものを手放してきて、そのたびに心地よい開放感があった。そこでたこ焼き用の鉄板、さらにたこ焼きを焼くときに突く針のようなもの2本、手放せるかどうかを検証するために、急遽今夜たこ焼きを焼くことにした。

何度も書くけれど、家で作るたこ焼きは美味しい。それは間違いない。問題は、美味しいからといって果たしてある一定以上の頻度で作り続けるかどうか。

これまでのうちの食事メニューの傾向から考えると、頻度がある程度あるためにはなるべくシンプルなレシピで定番化する必要がある。いつもなら作った天カスとネギを入れるのだけど、今日はなしにして、出汁と卵と小麦粉で作ることにした。油は米油とガーリックオイルを試す。ガーリックオイルは、芽が出てきてそのままでは処分しなくてはならなくなりそうだったにんにくを保存のためにオリーブオイルにつけておいたもの。いつもあるわけではないけれど、特別美味しく食べられる用途が見つかれば作り置きしておくのは楽だし、ガーリックたこ焼きが特別美味しければそれも有りだろうと思って。

早速たこ焼きを作ってパートナーの澪と二人で美味しい美味しいと言いながら食べて、じゃぁ鉄板は残しておいて今後は頻度を上げようかという結論がでかかった。

が、結局、手放すことにした。

理由は、食べ終わる頃には飽きたから。

というわけで、たこ焼き鉄板と突くやつ2本、手放します。

今後は街角でたこ焼きを食べたくなったら躊躇なく買い食いできる。

January 7, 2015

【044】東山のアパートで軽く飲む

お茶やコーヒーがなければ、
水かお湯を飲む。
東山茶室へ午後出向く。
部屋に入って大家さんからもらったガスストーブをつけているとT氏がやってくる。

それからT氏と話し込む。
カセットコンロでお湯を沸かして二人してお湯を飲みつつ話をする。

内容はここでしかできない話かと言われるとそんなことはないと思うけれど、
話ができた事自体は今日ここで会ったからで、
そんなことのためにこの場所はあるのかなと思う。

夕方一旦、部屋を出て、散歩していたら寒くて、
酒でも飲もうということになり、
スーパーで日本酒と軽めのアテを買って、
部屋に戻って飲む。

またしばらく話して家に戻る。

【043】誰か一人が「そこにいる」とその場は成り立つ

「こんな計画ーー有るものをそれである有るものにしておこうというーーは、
あの無関心ということと正反対のことなのですから。」ハイデガー
昨日書いた「1500円新年会」は、どことなくゼミと似ているなぁと思っていた。
何が似ているんだろうと考えていて、思い当たったのは、ゼミの本の選び方だった。

まるネコ堂ゼミでこれまで読んできた本は、
パウロ・フレイレ『被抑圧者の教育学』
保坂和志『考える練習』
椹木野衣『日本・現代・美術』
ミヒャエル・エンデ『モモ』

今後読む予定の本は、
網野善彦『増補 無縁・公界・楽』
マルセル・モース『贈与論』

児童書から小説、美術、教育、歴史など、ジャンルも分野も違って、脈絡はほぼない。

選ぶ基準は、参加者が「自分が読みたい本」。
一部の本を除き、基本的に、他の参加者が、その本に興味があるかどうかは問わずに選定してきた。興味どころか、タイトルも著者も全く知らないという場合も多い。

これは1500円新年会と全く同じだ。

どんな食べ物であっても、その人が「それがほしい」と思ったものを買う。

食べ物であれ、本であれ、誰か一人でも「それだ」という意思を持てば、成立する。
他の参加者は、その一人の意思によって成立する場で様々に振る舞える。

これは以前、まるネコ堂で円坐をした時に、守人をしてくれた小林けんちゃんの言葉にも通じる。正確ではないけれど、けんちゃんは「この場にいる人が話すことを、僕はただきく。その一点によってこの場は成立する」というようなことを最初の口上として述べたはずだ。

誰か一人が「いる」と、その場は成り立つ。

January 6, 2015

【042】自分勝手たちによる最高の「1500円新年会」

品目を披露し合った直後のテーブル。
まとまりというものを拒絶する強い意志を感じる。
すでにパートナーの澪がブログに書いているけれど、僕も書く。

5日の夜に新年会をやった。
「1500円新年会」。
参加者は友人のぱーちゃん、澪、僕。

ルールは「予算1500円程度で、自分が食べたい、飲みたいものを買ってくる」。
料理の素材あり、酒あり、加工品あり、お菓子あり、なんでもOK。
他人のことは一切考える必要なく、自分が欲しいものを買う。

こうすると、少なくとも「誰かがほしいと思ったもの」しか集まらない。
誰も文句を言わないけれど特段食べたいとも思わないような物は、1500円新年会には一切登場しない。メニューをどうしようかとか、分量をどうしようかとか、そういうことに全く気を使わないですむ。

今回は時間の都合上、買う店がある程度限定されてしまったけれど、それでも、恐ろしく変化に富んだ食卓になった。

メニューを紹介しよう。

ぱーちゃん、
・ドイツビール(エルディンガー)、瓶1本。
・カクテル(ピナコラーダ)、瓶1本。
・ボイルホタテ、夜は食べきれず翌日の昼食でバター焼きに。
・すしあげ2個、火鉢で焼いて醤油とわさびで。
・生サンマ1匹、七輪で焼いて。
・アルフォート、ブラック。
・りんご、1個。
・餃子、フライパンで焼いて1パックは夜に、もう1パックは翌日の昼食に。

澪、
・ウォッシュチーズ、そのままで。
・ぶりのアラ、あら煮に。
・ういろう、そのままで。
・ギネスビール、瓶1本。

僕、
・鶏肝、時雨煮に。
・田舎豆腐1丁、塩と胡麻油で冷奴に。
・鯛の切り身、刺し身に。
・紹興酒1本、安くて回る。

3人の合意は最初のルールだけ。
集まったのは全く脈絡のないメニューだけど、一つ一つ意味があって、
一手一手勝負している感じがある。
茶会って、実はこういう「一手」を繰り出し合う感じなんじゃないかな。

適当に酒を飲みつつ、各自調理が必要なものを調理しながら、
出来上がり次第、みんなでつついて、なくなってきたらまた調理したり。
集まって一緒につくろうとか、まとまろうとか、もてなそうとか、そういうことは一切なくて、ほんとに自分勝手で、面白くて、美味しくて、安いのでまたやりたい。

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