November 3, 2018

【476】あらた大運動会。もうこんなに育ってしまった。(生後58日目)

秋晴れの心地よい日差し。大運動会を開く。種目はうつ伏せのみ。今はこれしかできない。毎日気が向いたら転がしてみてはいるけれど、今日は、長時間頑張ってみることにする。

もうすでに座布団一枚にギリギリおさまるかどうかというサイズになっている。もう少ししたら頭か脚が落ちてしまう。

うつ伏せにして、しばらくは右を向いたまま、んはーんはーと息をしている。そのうち背中と首のあたりの筋肉を使って頭を上げる。同時に腕にも力が入っているようで、長時間頭を上げたままにできるようになっている。

以前、こうやってうつ伏せにして、じっくり観察してみたのはいつだっただろう。その時の記憶の姿とは、がっしり感が違う。

一旦、頭を下ろして、指をしゃぶって、どうするかなと思っていたら、再び頭を上げて、少しずつ前に首を回し始める。新の左側に僕が移動して、あやしてみると、そのまま首を左に向けてくる。これはちょっと驚いた。以前はできなかったこと。

それからしばらく背をそらせて首を上げたまま、今度は足をガシガシと動かし始める。時々指が座布団にしっかりとかかって、頭の方向へずり上がりそうになるが、まだ体が移動するまでではない。足だけでなく手も動かす。横にしたり、胸の近くに持ってきたり。こういうことも以前はできなかった。手は座布団に張り付いたままだった。

結局10分ほど、うつ伏せでバタバタやっていたが、途中、首を上げたままで休憩を入れずに左右に振ってみせたり、両手を突っ張って胸が座布団から離れるまで反り返ったりするようになっていた。

できるようになるということの衝撃を本人はどのように感じているのだろうか。少なくとも横で見ている僕には大きな衝撃を与えていて、喜びであると同時に寂しささえも生じた。もうこんなに成長してしまった。

泣き出したので、終わりにして抱き上げると、いつもとちょっと違う顔で、体をゆったりと休めていた。

追伸:そういえば抱っこしているときに首が前にガクンとなることがなくなってきた。後ろには倒れるけれど。首が座りつつある。

November 2, 2018

【475】猫アレルギーを一応疑う。(生後57日目)

新(あらた)は、気がついたときから、わりとずっと鼻水が出ている。鼻が詰まって苦しそうにしていることも多い。湿疹もあって、今は喉や脚に多く出ている。たまに咳をしたりすることもある。

検診のときなどは、まぁこんなものですよというふうに言われていて、まぁそんなものかと思ってはいる。

ただ、うちには3匹の猫がいる。そして、冒頭の症状はアレルギーの症状と同じである。猫アレルギーの可能性も一応疑っておくことにする。具体的な対策は、猫と部屋を分けること、掃除をそのつもりですることぐらいだけど。

アレルギーというのが、だいたいどういうものなのかというのは、わかっているようでわかっていない。「免疫の暴走」というように説明されていて、それについてはそうなのだろう。しかし、現実的には複雑怪奇である。

猫アレルギーと一口に言っても、猫の毛、フケ、唾液、その他分泌物など、アレルゲンは多岐にわたる。猫の個体差もある。うちには3匹猫がいる。どの猫でも症状がでるのか、どれか特定の猫なのか、など「原因」となる可能性の組み合わせは天文学的になる。突き止めるのはかなり大変。正直に言って「アレルギーっていったいなんやねん」という気分になる。

様子をずっと見る。今の所、それはできる。

November 1, 2018

【474】ふがふがしている。(生後56日目)

新(あらた)のやっていることは、最初は単純だったのがだんだんと複雑になっていく。生まれた当初はやらなかったけれど、今はよくやることに「ふがふが」がある。

「ふがふが」というのは、例えば座布団に一人寝かされた状態で、でも眠っているわけではなく、起きていて、鼻息をふがふが荒くさせながら、両手両足を不規則に動かす状態である。

機嫌が悪いわけではなく、むしろ良い方だと思うのだけど、この状態からふとした拍子に泣き出すことも多い。

いったいなにをやっているのだろう。

思うにたぶん、何かしらの欲求があって、しいて言えば「自由」への欲求のようなもので、しかしそれがまだ「食べたい」とか「おしめが気持ち悪い」とか「おしっこしそう」とか「うんちしたい」とかそういう生理的な欲求と無分別なところにある。そういういずれ「自由」へと分離凝集する欲求のなかにあって、今は「思い通りになりそうでならない」その「思い」という場所と「通り」を区画整理しようとしているところなのではないか。手足が自由に動かせるようになる範囲が広がるつれて、区画整理が終わった区画から動作や目的といった家や店が並びだす。

しばらくふがふがしていていたかと思うと、気がつくと疲れて眠ってしまっていたりする。

October 31, 2018

【473】煮魚部の活動(生後55日目)

煮魚部とは

スーパーで安くて美味しそうな魚があれば、たとえ食べたことがなくても臆することなく買って帰り、醤油と味醂で煮る部活である。「にざかなぶ」と呼ぶ。2日に一回、あるいは3日に一回程度、活動する。


本日の活動はアカガレイ。

しばらく活動しているとわかるのだけど、だいたいカレイである。エテガレイ、ミズカレイ、アカガレイと種類が豊富。エテガレイが安いことが多い。他にはニギス、スルメイカなど。基本的に魚は大きい方が美味しいので、なるべく大きなのを買う。(小さいのがいっぱい入って安いパックは買わないほうがいい)

予算的には二人分で198から398円。あるいは、そこからの2割引きから半額ぐらい。

煮る方法はだいたいいつも同じである。

一、フライパンに魚を並べる。


重ならないようにという注意書きをよく見かける。たぶん火の通りが均一になるからだろう。

二、水、みりん、醤油を同量入れる。


基本的に味はだいたいこれでいい。活動を進めていくうち好みや魚に合わせてバランスを変えていけるようになる。量は魚の身が半分程度浸るぐらい。だから、たとえば大さじで、水・みりん・醤油、水・みりん・醤油と入れていって適当なところでやめればいい。

三、煮る。


中火ぐらい。煮汁をおたまやスプーンでかけながらやると、上の面にも火が通る。魚は結構すぐに火が通る。5分とか10分とか長くても15分とか、そんな程度。途中でちょっとつまんだりして様子を見ると良い。ひっくり返すことはあまりしないけれど、身が厚い鯛とかだと返したほうが火が通る。まぁ、新鮮であれば多少生でも大丈夫。

四、盛り付けて、食べる。


煮魚は、一見難しそうに思うかもしれないが、短時間でできて手間がかからず失敗が少ない料理。味付けも醤油味醂同量を基本にすれば、だいたい美味しく食べられる。慣れてくると自分なりの工夫をすればいい。煮魚部のおかげでスーパーの鮮魚コーナーが楽しみになった。

で、子育てとどう関係があるのかといえば、母乳の出が良くなるらしい。これに、ニア玄米と純粋味噌汁をつけるとさらに良い、ような気がする。

部活化の経緯

澪は煮魚をあまり食べたことがなかったらしく、自分でもほとんど作らない。当然、好きな料理でもなかった。僕は煮魚が好きだったから、それなら僕が作って食べさせればいいと思って、部活化してみた。今では澪も煮魚好きになってちょくちょくリクエストが出る。

October 30, 2018

【472】ふた家族分の味噌30キロを作る。(生後54日目)

澪となっちゃんで、味噌を作るというので、小林家の3人、けんちゃん、なっちゃん、いぶきがやってくる。その味噌の量というのが合計30キロで、でかい業務用の寸胴鍋でまる二回分大豆を煮る量である。

ここに写っているのだけで15キロ分。
これを2回やった。
澪もなっちゃんも味噌作りの経験は何度もあるから手際が良いというのはあるのだけれど、それぞれ1歳3ヶ月と生後54日目の子供がいる状況で、この量の味噌を仕込もうというのだから、これはなかなかすごい。

1歳児ともなるとこうやって共同作業に加わろうとする。
僕とけんちゃんは主に子供の守りをしていたのだけど、特に役割分担をしたわけでもなく、なんとなくそうなっていた。

こんな感じでゆるくやって、夕方には30キロちゃんと作り終わる。その後お茶を飲んだり晩御飯を作って食べたりもした。

平成最後の年の昭和以前の風景。
これって結構すごいことなのではないだろうか。なにがどうすごいのかよくわからないけれど、それでももう一度言っておくと、これってやっぱりすごいことだと思う。

こういうこと、つまり日常的にやっているわけではない、ちょっと特別で負荷が高いことを、小さな子供がいて何かと時間とパワーが取られがちな状況なのに、わりとさらっとできるようになること。このことのために、僕たちはたくさん考え、たくさん試してきた気がする。

発揮のしどころもはっきりしないタイプの能力なのだけど、我が家も小林家もともにこの能力値はかなり高い。この手のことをやっていくことには、もうすでに年季が入っている。

家という場所のもっている力は、複雑で相互に関連しあっている。
家という場所は、単純ではなくて、たぶんまだ全容が解明されていない。
だから保坂和志は「カンバセーション・ピース」を、家を主人公にして、書いた。

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