February 9, 2015

【072】渾身の力で「何も言うことがありません」と受ける。

「なぜ一体、存在者があるのか、そして、むしろ無があるのでないのか?」
ハイデッガー『形而上学入門』は、僕の知る中で一番「無い」について言葉を重ねている本。
先日、一泊二日の集まりに行った。一泊二日ずっと話し続けていた、と書くと、声をからしてしゃべる続けているようにも読めるけど、そうではなくて、豊かな無言の海に時々風が吹いて波が立つように話が現れていたから、ずっと黙っていて時々話したという方が近いかもしれない。

二日間、僕もずっと黙っていて時々話した。

二日目に、ある人が「きくこと」の話をしていた。それはその前の僕の言葉に対する返しだったから、その人は僕のことをじっと見ながら話していた。僕を見ていたけれど、話自体は場に置かれたものだった。それでも、僕はなぜか僕に対して言っているようにきこえてきていた。しかも、今まさに僕がきいているという、その「きいている僕」について話しているようにきこえていた。

僕は、その話のあいだずっと、ピリピリとした圧力を感じ続けていた。

圧力を感じ続けているから、何かを返そうと思うのだけど、何も言うことがなかった。こういう時、これまではただ黙ってその圧力が弱まるのを待っていた。そして、あとから「あの時の」と話を戻したりすることが多かった。

今回も、何しろ今言うことが無いのだから、言うことが現れるまで待っていてもよかったのだけど、なぜか何かを今言葉にしないとという気持ちがあった。それはたぶん、今まさに僕がきいているということそのものについての話だから、今どのようにきいたのかを今返さないといけないような気がしていた。結局、しばらく無言が続いたあとに僕が話した言葉は、

「何も言うことがありません」

だった。僕がその二日間でもっとも力を込めて話した言葉だった。この、意味をなさない言葉を話せたことで僕にはただ、なんとか受け切った、という感じが残っている。

奇しくもこの集まりはそもそも「在ると無い」について話すものだった。「無い」を認めることで、「無い」は僕を最も強く支えてくれる。「無い」は僕の力の源泉なのだと感じた。

February 6, 2015

【071】無いが足りなくなっていた。

畳が柔らかく座布団もいらない。
家賃を払いに東山のアパートへ行った。13時半頃ついたが大家さんは留守だった。とたんにやることがなくなって、とりあえず部屋に入った。

京阪三条駅から歩いてきた分で体が温まっていたから、ストーブはつけない。お湯を沸かして飲む。窓から斜めに陽が入っている。それがあたっている、入り口から見て右の壁にもたれかかる。外の音が聞こえたり隣の隣の人の音が聞こえたりする。

しばらくしてノートを開いてペンで書き始める。部屋の中にあるものはお湯を入れたマグカップを置いた丸いお盆。

他は無い。
やることは無い。

無いがたぷたぷと満ちた部屋にとっぷりと浸かる。と書くと、無いというのが水のような手触りを持つけれど、本当はそんな手触りもなくただ、濃密に在る、いや無い。

しばらくすると自分にも無いが流れこんでくる。自分が無いでいっぱいになる。自分が無い。

気が付くと2時間経っていて、もう無いで満たし終えて、これ以上無いが入らない。

帰ることにしてもう一度大家さんを訪ねたら戻ってきていて家賃を払う。

しばらくきてはらへんかったね、と言われる。
ちょっと忙しくて、と答える。
いやいや。ええんやけど、と言われる。

事務所という目的で借りているのに仕事が忙しくて来られない。来られないことをなぜか申し訳なく思っている。

無いが減ってきた時、この空っぽの部屋に来ればまた、無いで満たされる。

February 5, 2015

【070】せっかく穿き続けて穴が開いたのに、穴が空いたぐらいで捨てるのは納得がいかない。

実はこのワークショップを始めてから、
ジーパンを穿くようになった。40過ぎてからのジーンズ。
ジーンズ・刺し子・ワークショップというのをやっている。2年以上やってきたけれど、今一度、なぜやっているのかを言葉にしてみようと思う。

毎日毎日気に入って穿いているジーパン。そうやって毎日穿くという行為の目に見える成果として、色が落ちたり、生地が薄くなっていったりする。さらに穿き続けることで、やがて穴が空く。

つまり、ジーパンの穴は僕にとって、ジーパンへのものすごく大きな愛着や日々の濃密な関わりに対するご褒美のようなものとしてある。だから僕にとっては穴が空くのはうれしい出来事なのだ。

それなのに、全く同じ現象によって、つまり「穴が空いた」ということによって、そのジーパンが穿けなくなってしまう。そんなの全くもって理不尽なことだ。

穴が空くほど穿けるのはうれしい。
その穴をつくろえるのもうれしい。

だからわざわざ派手な色の糸を使って目立たせるのがいい。
こんなに気に入っているということが見えるように。

February 4, 2015

【069】僕にとっての寄付はいったん「落シ」て無主になる過程を含んでいる。

使わなくなった物を家の前に「落ス」と神のもの(無主物)になって、
それを誰かが神からの授かりものとして拾う。
クラウドファンディングのREADYFORで以前「寄付」したあるプロジェクトから全額返還するというお知らせがきた。

比較的大きなプロジェクトで、あと数時間で数百万円を集めないと、というような状況から一気に目標額を突破してとても興奮した記憶がある。しかし、その後すっかり忘れていて、今回返金のメールが来てちょっと考えた。

返金に至った理由などはメールにきちんと書かれていて、それに対しては異議はない。プロジェクト自体がとても大きなもので、今回の資金調達はその第一歩にしか過ぎず、成立してもきっと大変な道のりだろうと思っていたし、でも、うまく行ったらいいなぁと思っていて、それは今でも全く変わらない。返金するべきかしないべきかという議論もする気がなくて、プロジェクトの代表の決断をそのまま支持する。

今回書くのは、だから、このプロジェクトに関してではなくて、「寄付」という行為についてだ。

と書いておいて、そもそものところを確認しておくと、READYFORは「寄付」を募るサイトではない。「インターネットを介して不特定多数の個人から資金(支援金)を集めるサービス」である。

だからこれから書く「寄付」に関することとREADYFORはあまり関連がなくて、単に考えるきっかけにすぎないのだけれど、全く関連がないというわけでもない。

それで寄付について。

僕にとって寄付というのは寄付した瞬間に完結する。

「少しでも力になりたいと思わせてくれる」という心の動き、それに対してお金を出しているのだから、その時点で僕の気持ちの中ではすでに「対価的なもの」は受け取っている、という認識である。

だから、寄付のあと、繰り返しお礼されたり、その後の報告をされたりというのは、僕にとっての寄付という行為には含まれていない。

寄付をされた側がお礼や報告をすることがおかしいというのではなくて、そうしたければすればいいのだけれど、僕にはそれは「次の(再)寄付への活動」という感じがする。すくなくとも僕の側に、お礼はもちろん、報告を請求する権利のようなものはない。

こう書くとある種の「潔さ」と見えるけれど、裏を返せば、自分が寄付した活動がその後どうなったのかに関心を持たないわけで、これは褒められた行為ではないという「主張」も成り立つ。

団体はお礼をすべき、報告すべきで、寄付者はその後も団体や活動に気にかけておくべき、という主張と、僕の「寄付は寄付した瞬間に完結する」という感覚との違いはどこからくるのだろうか。

そのヒントは「落ス」という言葉にあった。

『ことばの文化史[中世1]』(網野善彦・笠松宏至・勝俣鎮夫・佐藤慎一編)によれば、中世の「落ス」の使われ方は現在と少しニュアンスが異なっている場合があるという。

「田畠・屋敷地・作毛など、本来的には「落ス」ことのできないものを没収・奪うなどの意味で一般的に使用している」[51]。

あるものの所有権が移る際に「奪取る」と「落取る」という2つの言葉が使い分けられており、「前者がAの所有からBの所有へ所有物を連続的に移動させるのに対し、後者は、その所有の移動の間にいったん落ちた状態のものにする過程がふくまれていた」[54]。

その「落ちた状態」とは何を意味するかといえば、「「落ス」の本質は、ある所有物を所有者の手から完全に切りはなし、神のもの、すなわち誰のものでもなくする、「落しもの」にすることにあった」[54]というのだ。

僕が寄付の際に感じるのは、この「落ス」そのものだ。

いったん無主にする行為が間にあるために、それを「拾った」側との関係がすでに「切れている」感覚がある。だから、今回のREADYFORのプロジェクトに関しても、それを「拾った」側に関与したいという気持ちはわかない。

最初に書いたように、僕は出資したのではなく、「寄付」したつもりでいる。

自分のお金を「神のもの」とすべく「落シ」たいという欲求は、あくまでも対象である団体や活動が僕に訴えかけてくるからだけど、だからといって、その団体や活動の出資者(株主)としての責任や強い関係性を持ちたいというわけではない時に、この神の領域を使ったお金の移動はうまいやり方だと思う。

「落ス」ことで、いったん神のものにするというこの了解は、捨て子・拾い子の風習にもつながっている。子どもを育てることができない親が、その親の悪条件が子に移らないように「自分の子であるという関係をいったん「落ス」ことによって切り、拾うことによって新しく神から授かったものにする」[56]のだ。

僕は僕の発する言葉にもどこかこの「落ス」感覚があり、それは無責任とも言えなくはないけれど、直接相手に対していう言葉でなく、場に対して、ひいては世界全てに対して発する言葉は、それを誰かが拾うまでは無主のものという気がしている。

この文章もそんな風に落としてみる。

February 2, 2015

【068】もうこれは小説が誕生している。

保坂和志の小説論3部作はそれ自体が小説である。
ぱーちゃんのブログ、いや、これはもうブログじゃなくて小説、少なくとも小説が誕生しようとしている。

ここでいう小説は保坂和志の「私にとって小説とは「読む」もの「書く」ものであると同時に「考える」ものだ。私は読んだり書いたりする以上に、小説について考えることに時間を使っている」という時の小説で、「“産む能(あた)う”=“(イメージ・情景・出来事・・・・・・etc.を)産出する能力”」という能産性があるものだ。(『小説の自由』の「まえがき」と「文庫版まえがき」より)

こういうのが書きたかったんだよなあと思わされるということは、すなわち、僕にはそれを書く能力がなかったということだ。これでまた一つ僕の辿りつけない場所が見えた。生きていくということは、可能性という霧が晴れて絶望の地図が出来上がっていくことでもある。心地良い。

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