うちのゴミ箱はりんご箱。
なんの変哲もないりんご箱をゴミ箱にしています。
ここに燃えるゴミとプラゴミの袋を入れていました。袋は2つだけど、なかでごちゃっとなっていて、そのうえうちの猫が漁るのでなんとかしないととバージョンアップを決意。
バージョンアップ用の材料は、もう一つのりんご箱をバラして入手することに。
左の黒いのがゴミ箱。
右の白いのをバラして材料に。
新しさから言えば、バラしてしまう白い方が新しいのだけど、...
June 20, 2016
June 17, 2016
【352】人は驚くほど違うのが面白い。
もともと一人ひとりの人が同じではないとは思っていたけれど、
その同じではない度合いが漠然と思っていた以上で、
それが今はとても面白い。
ある何かを同時にその場で体験したとしても、
それについて「どうなのか」というのは全く違っている。
それにもかかわらず、
なぜかピッタリという感じを持つ時もある。
驚くほど違うということを感じれば感じるほど、
驚くほど同じということも感じられる。
自由というのはそういう広大さを指してい...
June 16, 2016
【351】電力会社をHTBエナジーに変えてみた。
電力自由化ということで、以前、大阪ガスのシミュレーションをやってみたら、大幅に料金が跳ね上がるという結果が出た。もともとの消費電力が少ないから、まぁそんなものかと思っていたのだけど、よつばに入っていたパンフレットで消費電力量にかかわらず値下がりする会社がいくつかあることがわかった。
乗りかかった船というか、なんというか、ここまでくると関電から変えてみたくなっていたので、変えてみることに。
会社はHTBエナジー。HTBはハウステンボ...
【350】飽きることと反復の遠さ。
昨日、箕面の友達と久しぶりに銭湯に行った。いつもその友達が行っていた石橋駅近くの銭湯が改装中ということで池田駅の近くの銭湯まで桜井から阪急を乗り継いで行く。
銭湯に行ったあとは桜井のグルメシティで玉ねぎともやしと卵とコロッケを買って、その玉ねぎともやしと卵を炒めたのとコロッケ、それにご飯を炊いて一緒に食べる。あとビール。
二人で話すことはいつもそんなに変わらない。やることもほぼ一緒。毎回同じようなことをして同じような感じを持って、...
June 13, 2016
【349】雨水タンクをつけてから雨がそんなに嫌じゃなくなった。
梅雨ということで、よく雨が降ります。
昔は雨が嫌いで、特に梅雨時は湿度も高くて苦手でした。
でも、雨水タンクをつけてからちょっと雨が楽しくなりました。
つけてからどれぐらいになるだろう。4、5年ぐらいかな。
ヤフーオークションで樹脂製のドラム缶を2つ手に入れて、
トイレの外のところに置いています。
食品工場で使っていたドラム缶の中古らしくて、最初はちょっとだけ臭いがついてましたが、そのうちなくなりました。送料込みで2つで7000...
【催し】7月27日(水)「フミノ・バー」やります。
とはいっても、バーなんて数回しか行ったことがありません。それもずーっと昔、知り合いの方に連れて行ってもらっただけで、自分で行くという感じではありません。カウンターで借りてきた猫のようになっていただけです。
それでも、時々バーの話を聞くといいなぁと思ってしまいます。それも、行きつけのバーに行って、なじみのバーテンと話をして、なんていうのに憧れます。
常連としてバーに行きたい。
でもそんな簡単なことではないし、考えてみれば、バーによ...
June 10, 2016
【348】着々と大きくなるブドウ。
ブドウっぽくなってきた。
雨が降るとブドウの実が大きくなる。
気がする。
でも、雨がふらない日は毎日ブドウを観察しているけれど、雨の日はじっくりは観察しないから、ブドウの実は毎日淡々と大きくなっているだけで、雨の翌日に観察した時に、前に見た記憶のなかのブドウから見て一段と大きくなっているように見えるだけなのかもしれない。
いや、やっぱり雨が降って水を吸い上げて大きくなっているのかもしれない。
いつも少しずつ変化しているもの...
June 9, 2016
【催し】「東西ゆくくる」で東京へ行きます。6月24日から27日。
これまでけんちゃんと大阪で開いてきた「読む・書く・残す・探究ゼミ」を東京で、
「東西ゆくくる2016~梅雨~」の3つの企画のうちの一つとして開催します。
主催の「東西ゆくくる」メンバーはもちろん、
大阪まで来て探求ゼミに参加して「東京ではやらないの?」と言ってくださった方々のおかげです。顔を思い浮かべながら本当に感謝しております。
さとし(中尾聡志さん)が書いてくれた案内文、気恥ずかしさもあるのですが、
それ以上に「思いっきり遊んでやるぞ」という気分になります。
さとしの「人差し指ピアノ」、けんちゃんの「声を通して本を味わう時間」は僕からリクエストしました。
こうやって自分のブログに転載しながら、
あぁ、こんなことが起きるんだなと、
今あらためてドキドキしています。
大谷
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今月末「東西ゆくくる」4日間緊急開催決定!
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東西ゆくくる2016~梅雨~
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●2016年6月24日(金)19時~21時45分/駒沢大学駅
「人差し指ピアノのワークショップ」
講師:中尾聡志(Ordinary...
【347】現代芸術試論
ときどき美術館に行く。
最近行ったのは国立国際美術館の「森村泰昌 自画像の美術史ー『私』と『わたし』が出会うとき」。
吉本隆明の『言語にとって美とはなにか』を読んで以来、現代美術がより面白くなった。自己表出と指示表出という吉本の概念は、言語以外の美にも通用する。
つまり自己表出と指示表出の二軸で見れば良い。
指示表出は、無限にエネルギーを投下できる方向軸である。森村泰昌の場合は「有名絵画を真似る」という軸で、この方向にどこまで...
June 3, 2016
【346】2016年1月7日7時38分に書き留め終わった夢の話。
前のエントリーで夢の話を書いたけれど、僕は時々夢を書き留めておくことがある。書き留めておきたいからそうするということがほとんどだけど、時々、書き出さないととてもじゃないけれどいられないような時がある。この夢の記録はそういう時のもので、具体的には『言語1』の原稿を書き始めようとしている時のもの。内臓が口から吐き出されたような様相を呈しているけれど、もうそろそろ放り出してもいいかなと思う。===2016年1月7日7時38分に書き留め終わった夢の話。さっき見た夢の話。夢を見た。父親がまだ生きていて、どうやら僕は父親と一緒に住んでいる。父親の状態は、実際に死んだ時よりは少し認知症の状態が軽いようで、僕に何やら話ができる。わりと長い夢だったがほとんどの部分は思い出せず、最後の部分だけ覚えている。とにかく、どういう理由でかは忘れてしまったが、父親とともに引っ越しをしなくてはならなくなって、僕は引っ越すなら病院の近くがいいんじゃないかと思っている。しかし父親は今の家の近所がいいらしい。母親は、現実と同じで、いつも一緒に住んでいるわけではなく、おそらく母親の実家と行き来している。母親は父親の希望を聞いて、近所の売りに出ている家をいくつかピックアップしてくる。僕の視界には地図が浮かんでいて、それは地図というものが見えているというよりも、地図を思い描いているような感じで、その地図には候補の家の場所が示されている。それを見て、あぁあそこなら駅も近いしいいかもと思う家に意識が行く。その家は実際に売りに出されていて、こぢんまりとした古い家だが、僕は結構いい家なんじゃないかと思っている。しかし、夢の中では、その家のことを考えた途端に、テレビか何かの映像が流れだす。これも夢の中でテレビを見ているというよりは、その映像自体が夢の中の僕の意識に再生されるような感じで、その映像は洪水でその家があった部分を濁流が流れている。実際のその家は川からは離れているのだけれど、夢の中でその家は二本の小さな川に挟まれた小さな中洲のようなところに建っていることになっていて、その両側の川が氾濫しているのだ。この映像を僕はたぶん過去の出来事として見ていて、つまり、今のその家は以前、洪水に流されたあとに建ったということを示している。僕はすぐさま、嫌だと思う。もしまた洪水になったら、僕は父親を連れて逃げないといけないけれど、わりと体が大きく、そしてあまり体の自由がきかない状態になった父親を連れていくのはたぶんできない。すると母親が「お父さんが誰よりも悲しむねんで」と言う。それと同時に言葉としては言わないが、もし洪水になったら、一人で逃げたらいい。あなたが死ぬことを父親は望んでいないのだから。というような意味の思念が母親から伝わってくる。僕は本当に悲しくて「そんなことできるわけないやんか」と泣きそうな声で言って、目が覚めた。目が覚めた途端、僕は父親が死んだのが悲しかったのだと思った。思ったというよりは、そう思わされたというか、そう気付かされたというか、自分で能動的に思うというより、そういう思いが現れる。自分が悲しかったということを一年半後にようやく夢でわからされるということのひどい状況自体にとても悲しくなる。そうして次の瞬間、まるで映画のシーンが別のシーンに切り替わるように、息子が離婚した前の妻といっしょに家を出て行く日を思い出させられる。あの時は僕はとても悲しかった。でもそれ自体を引き起こしているのは僕だから、どうしようもない。ただ僕はその日、そういう悲しさが表に現れるようなことをしていない。それ以前も息子の前ではしていない。悲しいということは言ったと思うけれど、悲しそうにしたことはなかった。それは息子にとってもともとひどい話をよりひどくする現実だった。それを噛み締めながら、体の芯が震えるようなしびれが続く。これはまずいことになった。こういう状態になると怖くて眠ることができない。眠れないとこのまま考えが進んでいく。あらゆることが同じ情緒の中で連鎖的に立ち現れ結びついてしまう。今はたまたま東山の和室に来ていて、一人で寝袋にくるまって寝ている。いつもなら家で隣に澪が寝ていて、きっと揺すぶり起こして何か話をしただろうけれど、それもできない。今、澪にそばにいて欲しい。眠らず、考えたくないことを考えなくするために仕方なく、そのことを書くことにする。書きながら自分がいかにひどい人間かを再確認し、そのことで生(なま)の恐怖に砂をかける。こうやって何度も僕は自分を砂の下に埋めてきたのだ。この夢を見る前にも、一つとても怖い夢を見た。アンドロイドというか動くマネキンというか、そんな感じの少女が僕を殺そうとして、僕は死闘を繰り広げる。その時も母親がいて、この母親は僕といっしょに戦っている。最後はどうにかこうにかその少女を倒すのだけれど、僕も結構な深手を負っていて、あぁ死ぬかもなと思って目が覚めた。こうやって書いた時にはおもしろおかしく思えるB級ホラー映画のようなチープさは、夢の中ではまったくなく、それは現実そのものだった。こんなふうに立て続けに怖かったり悲しかったりする夢を見るのは、ひょっとすると昼間に文章を書いたからかもしれない。わりと長めの文章の書き出し部分で、それはどちらかというと論文的なもので、夢で見たようなこととは全く関係がないし、情緒的なものでもない。でも自分で書いていることに対して、僕自身が確からしさを持って書けているかを確認しながら書いているから、どこか自分の感覚や感情の扉を開いて中を見るようなところがある。書き終わっていないから、その扉が開けっ放しになっているのかもしれない。そう思うと書き続けることすらも不安が出てくる。いろいろと困っているが、少し落ち着いてきた。新聞配達のバイクの音がしていて窓の外が明るい。何度も経験したことがある慢性的な眠気を感じる。それが一番確かであってほしいと思うとき、最も脆くなる。こんな箴言がどこかにありそうな気がする。...
【345】夢を見た。
長い夢だったと思うが覚えているのは終わりの方で、雑誌か新聞かで友人のいとーちゃんの作品が何かの賞を取ったことを知る。
その作品は、半透明のプラスチックの衣装ケースを小さくしたようなものの中に、ミニチュアの掃除機が入っている。その掃除機はミニチュアだけどちゃんと動いていて、ブーンという音をたてている。掃除機のホースが柔らかい素材になっているのか、それが脈動するように膨らんだり縮んだりしているのがわかる。小さな四角いカラフルなアラーム時...
June 2, 2016
【催し】6月10日(金)大つくろいデー。ジーンズを手縫いで繕います。
ジーンズは3本持っていてそれをひたすらはいているのだけれど、一本、お尻のところに穴が空いてしまった。お尻全体の生地が薄くなっていて、以前繕って補強していたのだけれど途中で疲れてやめてしまっていた部分。
お尻のところに穴があいた。右ポケットの穴は別に困らないのだけれどお尻は困る。
実はもう一本のジーンズも薄くなっているところがあって、こっちも繕っておかないと近い将来穴が空くのは確実。
ということで、繕おう繕おうと思っていたのだけど...