おっ!と思ったのは、「目が見えない兄」の浩とその友人たちが自宅での飲み会をしているときの会話。主人公の弟・稔はそれを少し離れた換気扇の下でタバコを吸いながら聞いている。
「いや、お菓子がそういえば、ここにあったなあ、と思って取ろうとして手を伸ばしたんだけど、もう空だったからさ、あ、もしかしてお酒がこぼれちゃった?」と〈わだっちさん〉は言う(概して浩とその友人たちは説明的な口調で話すのだった)。「黒川さんも、もう三十歳って言ってたから、ちょうど年齢的にもお似合いだよね」僕自身の全盲の人との会話(それほど多くはない)でも、特徴的な「口調」というべきものは感じていた。が、それはその人固有の喋り方だと認識していた。しかし、ここに書かれているセリフは、その会話で僕がその人の特徴だと思っていた喋り方のニュアンスを非常によく捉えている。全盲かそれに近い人は「概して説明的な口調で話す」と一般化できるのかもしれない。
「黒川さんってもう三十歳になってたんだ! 最初に会ったときは……」と言うのは、〈わだっちさん〉の横に座る男だったが、彼は体格の良い他の友人ふたりと比べて小柄で、座る者たちのなかでも一番年下のように見えた。
「ええと、まずはぼくとマルちゃんが二〇〇七年にホームページで知り合ったはずで……」と浩が片方の目のまぶたに、握った右手を押し付けるようにして言う。
目が見えないことと「説明的な口調」はどのように関係するのだろうか。それとも関係しないのか。あるいは、視覚と記憶はどう関係するのか、しないのか。
口調に関して言えば、この作品にはもう一つ特徴的なことがある。
彼ら兄弟は関東に暮らすようになってから長いというのに、ふたりだけで居るときには、いつも使い慣れた九州のことばで話すのだったこの小説において「九州のことば」で表現されているのは兄弟の会話だけではない。
たしかに自分の頭のなかだけならば、あらゆる事柄がどのようにでも結び付けられるものだと理解しながら、しかし、胸のうちで言うのだった。《うんにゃ、たしかに結びつくよ。だって、全部おれがいやだったんやけんさ。この三つは、なんもかんも、浩に見せたくない、いやな世界ばっかりやもんな》といった主人公・稔の内的独白も「九州のことば」が使われている。
九州で育った人が関東に出てきて、他人と話すときには標準語を話し、九州出身者の兄弟同士では九州のことばを使う。ここまではたしかにそうだろう。しかし「胸のうちで言う」ことばが九州のことばであるのは、自然だろうか。
というのも、僕自身はそうではないからだ。
僕以外の人がこの主人公のように「胸のうちで」話す言葉が生まれ育った地元の言葉である可能性は高いので、小説に対する批判ではない。ただ、僕にとっては大きな問題となる。
僕は、乳児の頃から高校卒業まで関西で過ごしているネイティブの関西弁話者であり、関西弁が母語である。しかし、不思議なことに、物事を考えるときに心的に発する言葉は標準語なのだ。
僕にとって関西弁は「口をついて」出てくるものであり、「口」を経由しない場合、関西弁にはならない。やろうとすると、かなり意識的な発声になる。
「口をついて」出てこないような状況というのは、例えば周りに関西弁の話者がいないときだ。この場合、一人だけで関西弁を話すことはほぼできない。無理やりやっても、本当にそれが自分が地元にいるときに使っている僕自身の関西弁のイントネーションなのか確信を持つことができない。自分で発声しているにもかかわらずテレビや映画から流れてくる関西弁のように聞こえてしまう。だから、自分で話しているという意識にはならず、それまでに聞いたことがある誰かの喋り方を真似している気分に近い。
これと同様に、心的な発声でも、つまり内的独白が「独白」である以上、僕は関西弁で話すことができない(難しい)。
もちろんこの話がおよそ辻褄の合わないものであることは自覚している。
例えば、僕が標準語を〈話せる〉ようになったのは18歳で関東の大学に入学した後である。では、それまでの僕はどのように心的に発声していたのか。それは関西弁以外にあり得ないのではないか(それ以外の言語を習得していないのだから)。となると、ある時点から内的な発声の言語が標準語にすり替わったということになるのか。あるいは、僕が18歳で標準語を〈話せる〉ようになるまでは、内的な発声をしていなかったのか。それが、標準語を〈話せる〉ようになるとともに、内的な発声の言語も獲得したのか。
僕にとってこれはとても興味深い問題で、現時点で答えが出ているわけではないが考える糸口らしきものは見つけている。それは「読むこと」なのだけど、まだここに書ける段階にはない。いずれ、どこかでまとめてみたい。その過程でひょっとすると「目の見えない人」たちの「説明的な口調」にも接触があるかもしれない。