July 6, 2018

【427】相変わらずの「告白録」と岡田利規『NŌ THEATER』

昨夜寝る前は、1時間ほど「告白録(中)」を144ページまで読んだ。青年ルソーの融通のきかない正義感ぶりが発揮されだすのだけれど、
 私の天性をうまくえがきあらわしている場合が私の生涯にあるとすれば、つぎに物語ろうとするのがそれである。この書物の目的をあらためてつよく思いおこすならば、その目的をはたすさまたげとなるようないつわりのとりつくろいは、この際断乎としてしりぞけなくてはならないであろう。諸君が誰であろうと、いやしくも一個の人間を知ろうとするならば、どうかがまんしてつぎの二三ページを読んでいただきたい。諸君はジャン-ジャーク・ルソーなるものを、全面的に知るに至るだろう。
 私はまるで愛と美の内陣にはいるように、一人の娼婦の部屋にはいったのだ。
(ルソー「告白録(中)」巻七)
この変なテンションで引っ張られると先を読まざるを得ない。「ジャン-ジャーク・ルソーなるものを、全面的に知るに至るだろう」って。よくまぁ書けるよね。

で、朝起きると今日も一日雨。電車が止まったりしている。昼間は、キャラペイスのサイトの修正をした。スマートフォンでの見やすさがちょっと上がったと思う。

夜はロームシアター京都にチェルフィッチュの公演、ミュンヘン・カンマーシュピーレ『NŌ THEATER』を観に行く。

JRが軒並み止まっているなか、ギリギリ開演3時間前の16時というタイミングで開催を決定すると言われても来れる人は少ないんじゃないだろうかとか、終わったあと帰れるかどうかも怪しいじゃないかと思ったが公演は素晴らしかった。

そう。素晴らしかった。


チェルフィッチュは好きでいくつか観てきたが、正直これは期待してなかった。だから余計にかもしれない。見事にやられた。

いやだって、ドイツ人役者でドイツ語で現代的な能だなんて、あまりにも実験実験しすぎていて、きっと微妙な見終わり感になるだろうと予測していたのだ。それが、まるっきり裏切られた。

能は何回か観に行っていて、結構好きなんだけど、今夜ようやく能の面白さをフルスペックで味わえた気がする。幽霊が出てきて、自分がなんで死んだのかを説明するというだけなのに、こんなにもドンドンドンと迫ってくる。ほんとに説明的に説明しているだけなのに(もちろん「だけ」なわけはないのだけど)。

シンプルでわかりよいにもかかわらず、幅も奥行きもある。重厚感も軽やかさもある。高貴さも下世話さも。サクサクとした歯ざわりなのに中はしっとり。全部ある感じがすごい。通俗に媚びたり、意味深に逃げたりしない贅沢さがきっちり詰まってる。

『新潮(7月号)』に戯曲が載っているらしい。買ってしまうではないか、これは。

とまあ、最上級。しばらく思い返すだろうな。

アフタートークで岡田利規さんは、能のストラクチャーはとても良くできていて、やりたい題材がいっぱいあると言っていた。今後も散財しそうである。

July 5, 2018

【426】雨とルソー「告白録」

一日雨が降っている。

晴耕雨読という言葉の現代的な魅力は、農的な暮らしや知的な暮らしを愛でる妄想的イメージにあるのではなく、「晴れたら耕し、降ったら読む」という漢字の間に潜む「たら」にある。

つまり、予定を変更することができるという選択性と変更しても大きな問題が起きないという冗長性である。「雪が降ろうが槍が降ろうがやらなくてはならない」というブラックさに対置される、余裕のある余白的ホワイトさ、これである。

そのときになって決めれば良いという切迫しない優雅な雰囲気が、晴耕雨読という言葉に輝きを与えているのだ。

などという与太話はさておき、明日は朝から奈良線が運転見合わせらしい。このところ雨が続いていて、累積雨量もかなり。ちょっと心配ではある。

で、昼間は昨日の続きで文字起こし。

連日、音声を文字に表記(representation)することにパワーを掛けているかと思えば、月末には文字を音声で表現(representation)することにパワーを掛ける音読合宿をやる。

パワーの源は皮も手作りの餃子である。ニラは庭で採れたやつ。今年はニラの生育がよくて、あと何回か餃子ができそう。

このエントリーをアップしたら布団でルソー「告白録」を読む予定。二日目にしてすでに日記の目的を逸脱しつつある。明日は軌道修正したい。

July 4, 2018

【425】読書日記開始。ルソー「告白録」

来月から「本好きが本の話をする時間・定期」をやるので、備忘録的に読書日記をつけてみる。本好きと言いながらどれぐらい読んでいるのだろう。たいして読んでないことが発覚するかもしれない。

今日の昼間は、インタビューの文字起こしをするつもりだったのだが湿度が高くてなかなかやる気が出ず、ぐだぐだウェブをうろついていたら盛大な手抜き方法を発見。

音声認識を使った「文字起こしの自動化」を3つの方法で試して比較! 夢の「寝て起きたらテキスト化」は可能なのか?(lifehacker)

Speechnotesに録音データを喰わせておけば、精度はいまいちだけど一応テキストが吐き出される。その後の修正、編集作業に入る精神的ハードルが下がる。テキストになってしまえばこっちのものだ。

晩ごはんのあとに読書。しばらく前から読んでいるルソー「告白録」。上中下の3冊組で、中に差し掛かっている。

訳は何種かあるが、ヤフオクで井上究一郎訳の新潮文庫版の三冊セットを格安入手した。

タイトル通り、私小説の元祖みたいな本。なかなか生々しくてよい。当時のジュネーブ、フランス、イタリアあたりの雰囲気が感じ取れるのもいい。今日から第二部開始。第一部青春編は、30歳ぐらいまでのエピソードが綴られている。第二部はその続き。

読もうと思ったきっかけは、ゼミでデリダの「グラマトロジーについて」を読んでいて、参考文献として目を通しておこうと思ったから。読んでみると予想以上に面白くてルソーのファンになった。過度な卑下も尊大も感じさせず、これだけ自分に突っ込んで面白く書けるのだから、ごく普通に天才である。

惚れっぽく、飽きやすく、何につけても中途半端な主人公が、いったいいつ、あの世界的なルソーになるのか、先が気になる。77ページから108ページぐらいまで1時間ほど読んで眠くなる。

July 3, 2018

【催し】本好きが本の話をする時間・定期(第一金曜夜)

【閉会のお知らせ】
2018年8月から1年間に渡って開催してきましたが、子供(0歳児)の生活時間への影響を考え、2019年8月開催を最後に閉会することにします。
本の話をすること自体は今でも好きなので、また何か企画しようと思います。
参加いただいた皆様どうもありがとうございました。

大谷隆

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本を読むのも好きだし、面白かった本の話をするのも好きで、たぶん一生やめられません。いつもだいたい身近にいる人にばかり話をしていて、いい加減辟易している気がするので、企画してみました。

面白かった本のどこがどう面白かったのか、というのはもちろんですが、そもそも本を読んでるときにどんなことが起こっているのか、それをできるだけ具体的に、実際に本を示しながら話ができたらいいなと思っています。外からは見えない、自分にだけ起こっていることを説明するのは難しいのですが、やってみようと思っています。

僕じゃない人が本を読んでいるときも、僕と同じことが起こっているのか。とか。同じこともあるだろうけど、違うこともあるんじゃないだろうか。とか。面白い本でも本によって違うことが起こっているんじゃないだろうか。とか。僕と本にまつわることを考えながら話します。

本好きが本について気兼ねなく思いっきりしゃべる時間にしたいと思っています。自分もなにか話したいという本好きの人も、そうでもない人もどうぞ。
大谷 隆

1回目(8月3日)の様子。

日 時:毎月第一金曜日、19時から21時ぐらいまで。
※早めに来て一緒にご飯食べたり、終了後泊まったりできます。(投げ銭)

参加費:はじめての参加は1,000円。リピート参加は投げ銭。

場 所:まるネコ堂(京都府宇治市五ケ庄広岡谷2-167)
    http://marunekodoblog.blogspot.jp/p/blog-page_14.html

申 込: 大谷までメッセージかmarunekodo@gmail.comまでメール

注 意:猫がいます。イベント中は会場には入れませんが、普段は出入りしています。アレルギーの方はご相談ください。

<大谷隆プロフィール>
言葉の場所「まるネコ堂」代表。フリーランスの編集企画。本好き、特に小説と哲学・思想書。講座、雑誌発行など、自宅でいろいろやっています。

June 21, 2018

【424】結局ネットは検索だ。プッシュよりプル。

通信環境が悪い(低速)からか、ネットの利用法がどんどん遡行する。

結局、検索で調べ物をするのが一番である。知らない言葉をちょっと調べるとか、作ったことがないレシピをちょっと調べるとか。これが一番役に立つ。だいたいの事項についてのだいたいの内容が手軽にわかる。

知識に対するアプローチのタイプで言えば、辞書をひくとか、図書館で調べ物をするとかと同じで、知りたいと思うことを引っ張ってくるプル型である。ちっとも先端的じゃない昔ながらの知である。

フェイスブックやツイッターといったSNSは、知りたいとも思わない情報を手元に押し付けてくるプッシュ型で、最初はこれぞインターネットという感じがするのだけれど、割と簡単に飽きる。もともと知りたいとも思っていないことなんだから飽和する。プルより新しいといっても、テレビCMやダイレクトメールと同じ程度の新しさと軽薄さである。組織されない羅列の噴射である。

出会いはいつでも、プッシュである。〈始まる〉とは〈向こうからやってくること〉である。しかし、それは始まりの一瞬で、継続していくのはプルである。プルの方が長い。興味というのはプルを維持すること。引っ張り続けることである。

ネットにはだいたいのことについて、だいたいのことが書かれていて、簡単に取り出せる。しばらく引っ張っていると、限界がくる。それ以上のことが知りたくなる。自分で試して検証する。このあたりから俄然面白くなってくる。

いずれにせよ、ネットは検索が良い。検索ぐらいが良い。手軽が良い。それがネットの良いところである。ネットの楽しいところである。

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