October 2, 2015

【229】10月31日まるネコ堂・なっちゃんの影舞、ご案内

影舞をやります。
影舞というのは、これまたなかなか説明しにくいものなのですが、
二人の人が指先だけを触れ合わせて、自由に動く、そんな舞です。
なっちゃんと僕の案内文、
お読みいただけると幸いです。

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▶日にち :10月31日(土)
▶時 間 :13:30-17:00
▶場 所 :まるネコ堂
      京都府宇治市五ケ庄広岡谷2-167
▶アクセス:JR奈良線・京阪宇治線「黄檗(おうばく)駅」から
      徒歩15分ほど。坂道を登ります。迷いやすいです。
http://marunekodosemi.blogspot.jp/p/blog-page_7.html

▶世話人 :小林直子
▶参加費 :3000円
▶定 員 :6人
▶主 催 :小林直子、大谷隆

▶申し込み:marunekodo@gmail.com(大谷隆)まで。
注意:猫がいます。会場には入れませんが普段は出入りしています。
   アレルギーの方はご注意ください。

翌日から「二泊三日 まるネコ堂円坐」(守人:小林健司さん)があります。
http://www.fenceworks.jp/info.html#/detail/7241572692591428820
こちらもご覧ください。会場での宿泊が可能です。(雑魚寝、寝袋有り)


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なっちゃん(小林直子さん)は書いている。
影舞は、相手の指先と自分の指先を触れ合わせる。触れているその間に蝶をはさんでいるように、触れた一点に集中する。その蝶の羽が破れないように、放してしまわないように相手の指先にそっと触れる。触れたところから、舞がはじまる。[小林直子、『fence worksメールニュースNo.113』 ]
「触れたところから、舞がはじまる」のだから、触れる前に舞は無い。まさにその「触れた一点」から、舞がはじまる。その時、それまでは無かった何かが生まれる。
相手と自分の間に、ある空間が生まれるような感覚になった時があった。その空間に二人がいるような感覚になり、より心地よく、動くままに動いている自分がいた。[同]
二人がいるこの「ある空間」は、世界である。これを読むと、世界がどうやってはじまったのか、がわかる。

それまで無かった世界がはじまるというところは、薄い蝶の羽をはさんでいるような、その一点に、全てが集中する。集中したそれぞれの全てを触れ合わせることによって、その一点から世界が誕生される。全て、だからこそ、世界の中に再び居ることができる。

僕たちは、きっといつも、こんなふうに、他者と、お互いの全てがある一点で触れ合うようなこととして、であ(出会)っている。

なっちゃんは、影舞に対して「私には何も無い」と言う。それは、まだはじまっていない世界がどうであったかなんて、私には言えない。ということである。

大谷 隆

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大谷さんから
この企画のことをもちかけられたとき、
声をかけられた嬉しさと同時に
「わたしには何も無い」
そんな言葉が出てきた。

何が無いのかというと、

この影舞を通じて提示したい何かとか、
伝えたい思いとか、
こんなふうに素晴らしいものですよという完成された形とか、

きっと、そんなものが無い、のだと思う。

無いと言ってみて、
じゃあ、何があるのかと、考えてみる。

あるのは、

わたしが、橋本久仁彦さんが開いている
影舞クラスに参加し
影舞をやっている中で感じる面白さ。

その面白さは、
形にはなっていないもの、
わたしだけが見ている景色。

大谷さんは、
わたしにしか見えていないその景色を
面白そうだと言ってくれた。

大谷さんの放つ空間は、
静かで、ゆっくりとしていて、すごく丁寧な空間。
その中で、
わたしは、地に足をつけ、じっくりと
自分が見た景色を丁寧に言葉にしていくことができる気がする。

そして、
集まった方々と、影舞をしあう中で、
それぞれがそれぞれの中で見た景色を
じっくりと言葉にしあうような
そんな時間を過ごせるような気がする。

それは、
その日、その時間、その場所で
初めて生まれる世界。

そんな世界を
ご縁のある方々と一緒に過ごせることを楽しみにしています。

小林直子


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