僕の勝手なイメージの中の「書生」生活をやってみます。
■目次
思いついた時のエントリー
【200】「書生」をやってみる。
やってみてからのエントリー
【207】「書生」生活1日目。
【208】「書生」生活1日目その2。
【209】「書生」生活1日目その3。
【210】「書生」生活2日目。
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5分ほど待ち合わせの時間から遅れて到着するともう、むっきーは待っていて、11時の三条大橋まで歩いたので暑くて、直ちに向かいのスターバックスへと入った。久しぶりのコーヒーを飲みながら、地下へと降りると、鴨川を見渡せる大きなガラスの前で、ゆったりとした椅子が並んで空いていて、エアコンでキンキンに冷えている。それほど混んでいるわけではなく、ここに一日中居るのが一番良いのではないか。話すともなく話があって、この河原のガラスで囲まれた避難所がスターバックスの目指す所であって、つまり区切られた管理された快適なリーズナブルなお値段の無縁所というのがサードプレイスなのだ。 むっきーというのは僕の友達でトリックスターである。教師をしていて、休みの日も次の授業の準備をしなければならないような一学期を過ごして今ようやく夏休みに入ったからこうして会うことができるけれど、今の僕の生活とは遠い世界にいるのだけど、それでもこうして会っているうちにいつの間にかそばに居て会うのは久しぶりだけれど、こいつといるといつも何かが起こる。
もう一度三条通をわたって中華屋に入り定食を食べる。大学を作るのがいいとか文学部だとか話している。そろそろ出ようかという段になって、どこへ行こうかと言う前に、東山の部屋はどうですかというので、この時間にあの部屋は人間が居られる限度を超えているような気がしたけれど、行ってみる?と言うと行きましょう。
意外にも穏やかに風が入ってきていて部屋に居ることができる。いつも居る6畳の部屋よりも隣の2畳のキッチンの方が涼しくて、そこで焼酎を飲む。常温でストレートでちびちびやっているうちに不思議と風を感じるようになってくる。風がより強く吹いてきたというより、僅かな風を体が感じ取れるようになってきたというようなそういう心地よさで、肌と空気の境目がなくなって、肌が無くなっているから体の芯のところの骨や肉を直接冷やしながら微風が僕たちを吹き抜けていく。
手ぬぐいを濡らして体を拭くとより涼しいと教えるとむっきーはそれをする。かなりの量の焼酎が確実に二人の体内に入っていくのだけど、ちっとも酔わず、アルコールが体内で気化するその気化熱で体が冷えてくる。という馬鹿げて科学的な気分がしてくる。真夏の午後の京都のエアコンも扇風機も換気扇も無い部屋で焼酎が体内で気化して心地よくて自分と自分以外との境目がなくなっていて骨と肉を直接風が通り抜けていって快適、なんてことを二人で言い合うのは明らかに異常で、客観的に見ればこれはなにかとてもまずいことが起こっていると床に寝そべりながら確認しあう。
今こそ、以前どこかでむっきーが聞きつけてきたスイカウォッカを試す時である。イオンにスイカとウォッカを買いに行く。本当はまるごとのスイカに丸く穴を開けて、そこにウォッカの瓶を差し込んでウォッカがスイカに浸透するのを12時間ぐらいかけて待ってから果肉にむしゃぶりつくと何よりも気持ちよく飛べる。という話なのだけど、まるごとのスイカを買って帰る勇気がなくて、六分の一にカットされたスイカを買ってきて、ナイフで少し身に切り込みを入れてそこにウォッカを注いでみる。うまくいっているのかうまくいっていないのかわからないけれど、いつの間にかウォッカがスイカから漏れだしていてお盆にウォッカの水たまりができている。やはりまるごとじゃないと。
焼酎だとあんなに涼しかったのになぜかウォッカは体が暑くなって、それはそうだ寒い国の酒だから体があたたまるのであって、さっきの焼酎は鹿児島だ。さっきはあんなに気持ちよかったのに今は暑いしスイカはたしかに美味しいけれど、ウォッカの味がするスイカなだけで、飛ぶどころか滑走路にもたどり着けない。暑いから二人して上半身裸になってうちわで凌ぐ。せめて扇風機があったらいいのに。
開けっ放しにしていたドアのところから男の声がして、ぎょっとして慌てて服を着て出て行くと、隣の隣の部屋の住人が小さな扇風機を持っていて、これあげますよ。今ちょうど欲しいと思ってたんですよ、と盛り上がると、昼間っから飲んでるんですかと言って、男は部屋に入ってくる。ウォッカの瓶を見るなり、スミノフいい酒ですね。
どぶどぶとコップに酒を注いで3人で飲む。西日が差してきていてさらに気温は上昇しているのに、話は弾んで転がっていく。行きつけの良い店があるので行きましょう行きましょう。今どきツケで飲めるのです。今日は給料日で、その店で受け取ることになっているのです。というので、三条通の居酒屋へ行く。途中の神社の境内で、ここ掃除するんですよというので、仕事ですかときくと、仕事じゃないけど落ち葉が落ちるのでその時期になると掃除するのです。古ぼけた小さな舞台があって、使われている形跡がないけれど、からりと枯れた風情がある。
居酒屋は男の行きつけで、ジョッキが空くたびに男が自分でサーバーからビールを注いで来ては、ねぎ焼きと唐揚げと何かと色々美味しい。しこたまビールを飲んで、あの神社の舞台で講壇とか何かしようという話をして、次の店に行きましょう。ここは払いますから次でというので、ついていくとこれまた三条通の、僕一人ならまず入ることのない、入ることのできない、隠れ家のようなバーで、巨大な特注のスピーカーからレコードのジャズがかかっている。CDを持ってくると嫌な顔をされるんですよ。入る前から僕は場違いなところへきたと怯えていると、何気ない仕草から一瞬でその魅力に取り憑かれてしまう着物姿のおかみさんが迎えてくれる。洋酒がズラリとならんだ棚とレコードがズラリとならんだ棚に品の良さそうな客が数組音楽と酒と料理と会話を楽しんでいる。マスターはテレビ局でニュースのカメラマンをやっていたという飾り気のないぶっきらぼーな人でこちらも一瞬で人を魅了する。
むっきーは全く物怖じせずにいい店ですねと言って、携帯電話で仕事終わりのパートナーを呼ぶ。はじめて会うむっきーのパートナーを、むっきーが可愛いでしょと紹介する。スイカが好きだというむっきーのパートナーとスイカはドラマ3つ挙げろと言われたら入ると意気投合する。スイカに出てくる中庭に何かを埋めたいらしい。スイカというのはテレビドラマで、ウォッカをぶっかけたまま部屋に放置してきたあのスイカを思いだすが、そういう話ではないとても素敵なドラマで全ての登場人物がもう狂おしく愛おしい。
僕はね、キーワードはinteresting、としきりに男は言う。人生はinteresting。生きているとinteresting。驚くような多彩な過去をinterestingに話しつづける。ジャズ好き。
気が付くと信じられないぐらい時間が経っていて、恥をかかすなという男が結局この店の払いもしてしまう。むっきーとパートナーは二人のマンションへ、僕と隣の隣の部屋のinterestingな男はそれぞれの部屋へ戻る。今日という一日は、不思議とか面白いとか興味深いとか幻想的だとかそういうたぐいの言葉では表しきれず、ただinteresting。
携帯電話を部屋に忘れて出かけていて、ぱーちゃんから夕方頃不在着信があったのに気づいたら夜中過ぎだった。悔しい。もらったクリップ式の小型扇風機をどうしてもうまく取り付ける場所がなくて、床に転がったまま回っている。
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