今日は「読む・書く・残す探求ゼミ」の日で、大阪まで出る。
この探求ゼミでは、僕が講師ということになっているのだけど、何しろ毎回とても緊張する。たぶん、もうこれ以上後退できないところまで僕自身の場所として後退しているところだからだと思う。
それが今日はなんとなく気楽に会場まで来ることができた。いよいよ僕も慣れてきたのかなと思っていたら、主催として一緒に場を開くけんちゃんがいつもはそうでもないのに今日はとても緊張しているという。それを聞いて、僕までやっぱり緊張してきて、やっぱり今日も緊張していた。
ただ、何度もやっているうちに流石にわかってくることもあって、こうやって緊張すること自体は悪いことではない。緊張する、と言うと、普段はしていないのに、何か僕が普段とは違う状態として「緊張」というものを「する」ように聞こえるのだけど、ほんとは、ただそういう状態にあるだけで、わざわざ緊張というものをするのではない。むしろ、僕には、リラックスという方が、わざわざいつもと違う状態として「リラックス」を「する」気がする。
何を言っているのかよくわからないかもしれないけれど、僕にとって緊張は、どちらかというと普段通りであり、リラックスの方が特別で特殊なのだと思う。そうだから、緊張しているということで僕の普段の力が発揮できないということにはならない。そう思う。だからたとえ緊張していても、これが僕の精一杯だとも言える。