February 28, 2015

【090】本を読むことは旅することに似ている。

ゼミで読んだ本。
好きとか嫌いとかを超えて特別な存在。
これまで約8ヶ月、18回の講読ゼミをやってきた。

このゼミというのは、複数の人で同じ本を読んできて、それを一回約2時間で「気になったところ、面白かったところ、自分の経験に通じるところ」などを話合う場のこと。

不思議なことに、18回すべてにおいて、ゼミが終わるときに「自分だけで読んでいたのでは到底辿りつけないところまで見ることができた」という感覚になった。

新しい本に入るときには毎回のように「今度こそがっかりするのではないか」と思い続けてきたけれど、ただの一度もそういうことはなかった。

ゼミ前に自分だけで読んだときには不遜にも「もう十分に読めた。これ以上、この本から何かを得ることなどあろうか」という気分になることもあったけれど、終わってみれば「恐れいりました」と頭を下げる。

ゼミで読んだ本は一冊一冊、僕が動くための「エンジン」として埋め込まれた。必要なときにそれぞれのエンジンに火が入り、僕を駆動させる。

同時にゼミは旅だとも思った。
ミヒャエル・エンデの『モモ』のゼミをしたあとに、
そこにいた人が集まって集団で一緒に旅をするというのではなく、
それぞれがそれぞれ、今いる自分の場所から自分の旅をしつつ、
赴いた遠くの地から便りを出しあって、
自分がその時に見ている視界を伝え合う。
時には一堂に会する瞬間もあり、
そしてまたそれぞれの旅に戻っていく。
そんな旅でした。 [『無縁・公界・楽』ゼミの参加者案内文より] 
と書いた。

僕はこれからも旅をしたい。
集団ではないそれぞれの一人旅だけど、ちっとも不安はない。



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